ホワイトハウスの祈禱会でトランプ大統領に手を置く福音派の指導者たち(提供:Daniel Torok/White House/Planet Pix/ZUMA Press/アフロ)
世界各国で右傾化が見られるが、震源地アメリカの核心には、キリスト教保守「福音派」の意向が大きく反映されていると言われる。来年11月に米中間選挙が迫るが、エプスタイン文書で揺れるトランプ政権は引き続き福音派の支持を得られるのか。福音派とはどのような人たちで、いかに今のアメリカの政治と関わっているのか。『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中央公論新社)を上梓した加藤喜之氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──福音派について膨大な情報をまとめ、本書を書かれています。福音派とはどのような人たちなのでしょうか?
加藤喜之氏(以下、加藤):「福音派」は、英語で「evangelical」ですが、この言葉は古くからあるもので、もともとは16世紀に起きた神学者マルティン・ルターの宗教改革運動を指す言葉でした。基本的にはプロテスタントを意味し、18-19世紀にかけて、同様の意味でイギリスでも使われました。
その後、アメリカにこの言葉が入ってきたときも、最初は「熱心なプロテスタント」を指す言葉でした。ただ、20世紀初頭にプロテスタントが聖書や教義に忠実に生活する「原理主義」と、より多様な価値観を受け入れる「主流派」に分かれると、主流派の教会から原理主義者は追い出されました。
追い出された原理主義者は1920年代は社会から離れ、自分たちの価値観に合致したサブカルチャーの中で生活していましたが、1940年代になると、教育、メディア、政治などに影響力を及ぼそうと動き出し、「福音派」と名乗ってモデルチェンジしました。福音派の存在が全米で認知されるようになってくるのは、もう少し後の1970年代後半頃からです。
──福音派というと、キリスト教の古典的な価値観や倫理観を徹底して大事にする人々という感覚で語られがちですが、本書を読むと、時代の中でかなり変化してきていることがうかがえます。
加藤:辺境の南部に暮らす極右の狂信者というイメージを持たれますが、実際はかなり多様性もあります。地域ごとの違いも見られ、厳格な人々、知的階層、郊外のラフな庶民など、福音派は多様な層を包摂した非常に大きな傘です。
──福音派というと「人工妊娠中絶を許さない人々」という印象も強いですが、昔の福音派にはそのような考え方はなかったと書かれており、驚きました。
加藤:もともと人工妊娠中絶は福音派にとって大きなイシューではありませんでした。伝統的な家父長制の中で、子供ができたら産むもの程度の感覚でした。ところが、1960年代頃から官民両方でリベラリズムが広がります。とりわけ「第二のフェミニズム」や「フリーセックス」などの価値観が普及しました。
もともと性交渉は結婚の中のものと捉えられていましたが、「フリーラブ」「女性の権利」などが語られるようになり、並行する形で「中絶の権利」が議論され、特にマサチューセッツやニューヨークなどリベラルなエリアから、中絶という選択肢が州というレベルで可能になっていきました。
こうした流れに南部の人たちは反感を持つようになります。最初に反発したのはカトリックでした。1973年に中絶を禁止しようとしたテキサスの法律に対して、「女性のプライバシーの権利の侵害だ」と最高裁が違憲判決を出します。有名な「ロー対ウェイド判決」です。
テキサス州の保守層は自分たちの意志が覆されたと感じて怒りましたが、まだこの時点でも南部の一般的な感覚では、中絶に関することはそれほど問題とはされていませんでした。
ところが、牧師で神学者のフランシス・シェーファーなどが主導し、「これは人間の生命の尊厳に関わる問題であり、この問題を軸に福音派をまとめて政治活動をしていく必要がある」という考え方を展開していきました。
