
トランプ大統領は連邦政府のDEI(多様性、公正性、包括性)プログラムを終了する大統領令に署名した。バイデン前大統領が推し進めた採用時に人種やジェンダーの多様性を重視する施策から「能力主義(メリトクラシー)」に基づいて人材を登用する方針に移行するとみられる。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)や『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)で、“きれいごと”の脆弱性を突いてきた橘玲氏はアメリカの大転換をどのように分析しているのだろうか。2回に分けてお届けする。
(湯浅大輝:フリージャーナリスト)
>>後編:トランプ政権の多様性政策終了、実は企業も安堵?“アリバイ”づくり不要、「キャンセルリスク」減るのは好都合か
60年代の公民権運動がバックボーン
──トランプ大統領が就任直後から、連邦政府のDEIプログラムを廃止するなど大転換を始めています。この動きをどのように分析していますか。
橘玲氏(以下、敬称略):まず前提として、「差別や偏見のない社会を目指す」という目標に反対する人は(ほとんど)いません。DEIを廃止したからといって、トランプ政権や保守派を「差別を容認している」と批判するのは間違いです。ここで問題になっているのは、「なにを公正とするのか」についての価値観の衝突です。
バイデン政権下で官庁や企業の「目標」となったDEIは、「Black Lives Matter」運動や性的少数者(LGBTQ)の保護とともに使われるようになった新しい用語ですが、その実態は1960年代の公民権運動にさかのぼるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)と同じです。
60年代のアメリカでは、黒人には「二級市民」としての権利しか与えられておらず、人種差別によって虐げられてきた人々に、大学への入学や公務員の採用で一定の配慮をすべきだという政策には広範な支持がありました。ところが80年代になると、「もう十分ではないのか」「白人が一方的に不利になっているのではないか」という不満が出てきます。いわゆる「逆差別」の問題です。
アメリカのような多様な社会で、“能力”のみで入学・採用や昇進を決めるメリトクラシーを徹底すると、最難関の大学入試で高得点を取るのは白人・ユダヤ系とアジア系が不均衡に多くなり、シリコンバレーのエンジニアは男ばかりになってしまいます。
これに対してリベラルや左派(レフト)は、「(アジア系を除く)有色人種が“構造的差別”を受けている」「ジェンダーや性的指向による無意識の差別や偏見がある」と批判しました。その結果、大学や企業・行政機関では人種やジェンダーをもとに採用枠を設けるようになったのです。
──アファーマティブ・アクションでは、具体的にどんなことが現場で起きていたのでしょうか。