
トランプ大統領は、就任初日に26本の大統領令、12本の大統領覚書、4本の大統領布告を出した。大統領令は通常の立法と何が違うのか。大統領令が出されると、その内容は直ちに実行に移されるのか。大統領令が覆されることはないのか。米上院予算委員会に10年の勤務経験を持つ早稲田大学教授の中林美恵子氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──大統領令は、通常の立法プロセスとどう異なるのでしょうか?
中林美恵子氏(以下、中林):大統領令は行政命令です。ですから、議会で行う立法のプロセスとは異なります。大統領は行政の長ですから、自分がトップを務める行政の部下たち(省庁)に命令を下すことができます。一方で、議会、州議会、州政府、国民などに直接命令を下すことはできません。
大統領令は不安定なものでもあります。大統領が替わると、大統領令もころころ替わるからです。オバマ政権からトランプ政権、トランプ政権からバイデン政権を見ても分かりますが、前政権の放った大統領令を新政権が大量にひっくり返すのが最近のトレンドです。
──大統領令に署名したら、その内容は即実行に移されるのでしょうか?
中林:立法府が法律を作る場合は膨大な作業がありますが、大統領は行政命令なので、そこまではやりません。
私が2017年に出した『トランプ大統領とアメリカ議会』(日本評論社)という本でも紹介している例ですが、1992年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が出した大統領令12806というものがあります(大統領令には通し番号が付きます)。
これは、米保健福祉長官に対して「調査(研究)のためのヒト胎児組織バンクの設立」を命じるものです。しかし、この大統領令はとんでもないと批判が上がり、議会が立法を行い、「Shall not have any legal effect(法的効力を持たない)」という文言を加えてその大統領令を無効にしました。
つまり、大統領が大統領令を出しても、立法府が法律を作って「これは効果がありません」と言ったら、そちらのほうが上になるのです。ところが、この立法府の決定も、さらに拒否する権利が大統領にはあります。そしてさらに、大統領が拒否したとしても、上下両院で3分の2の賛成がある場合は、大統領の拒否権を覆すことができるのです。
──今回トランプ大統領が出した大統領令も、議会の中で多くの議員が疑義を呈して、それを無効にする法律を出す可能性があるのですね。
中林:はい、“立法することができれば”です。ここが、選挙がいかに大事かを物語っていますが、現状は上下両院共に、共和党が過半数の議席を占めています。この中で大統領令をひっくり返すような立法化は難しいでしょう。