アメリカに来て以来、いままでの自分は、本来の自分ではなかったという。周囲を気にし、さまざまな助言をしてくれる人に左右され、バッティングにも迷いがあった。

 しかし「やっと今、心も体もバッティングも自然に戻った、自分になったなという感覚なんです。作っていない自分なので無理がない感じですね。落ち込んでいるわけではないし、逆に今が楽しいわけでもない。ただ、できることに集中できている感覚です」。

 落ち込んでもいないし、だからといって楽しいわけでもない、というところに筒香の正直さがある。

レンジャーズとマイナー契約を結んだ筒香嘉智(2023年3月6日、写真:時事通信社)レンジャーズとマイナー契約を結んだ筒香嘉智(2023年3月6日、写真:時事通信社)

 それでもたぶん、今後も厳しいと思われる。だが外野からのそんな無責任な予想は、余計なことである。筒香が一番そんなことはわかっている。「何かを達成できるまで、ただやり続けるだけ」である。達成できなければ、やめるだけである。

橋本市に総工費2億円の私財を投じて作ったもの

 世には順風満帆な人生を送るものもあれば、二物も三物も与えられた幸運な人間がいる。かと思えば、不運つづきの人生もある。思い通りにならないことが普通だ。それでも、だれもが我が道を行くしかない。

「ま、人生何とかなるだろう、と。例えば、日本で想像するよりも、実際に経験するメジャーと3Aの差はかなり大きい。その差に触れられたのは楽しいことではないけれど、人とは違う経験ができたという点で僕には非常にありがたいこと。この経験を通じて生まれる強さは、今後に生きてくるだろうと自分で期待しています」

 筒香嘉智は野球バカではない。考え方が柔軟かつ真っ当で、野球だけが人生ではない、ということも当然わかっている。

 筒香は、たとえば巨人の坂本勇人、前西武の山川穂高、広島の中村奨成のように、有名人を笠に着て女性を性の道具みたいに扱ったり、前巨人の中田翔や前楽天の安楽智大のように先輩ヅラして後輩に暴力をふるう人間を許さないだろう。

 また少年野球に関しては「子どもたちを守るには、一発勝負のトーナメント制をやめてリーグ制の導入をしたり、球数制限や練習時間を決めたりしたりする必要がある」と改革の必要性を促している。高校野球についても「高校生が甲子園に出てやっていることは部活動」なのに、「本当に子どもたちのためになっているのか」と疑問を呈した。

 このように社会的な発言をする野球選手は、筒香以外に見たことがない。

 大谷翔平が、子どもたちに「野球をしようぜ」と呼びかけ、クリスマスプレゼントとして日本の小学校約2万校にグローブを各3個、合計6万個を配布すると発表した。このニュースは大きく報じられ、さすが大谷、とますます評価が高まった。

 筒香嘉智は、これも小さなニュースだったが、自分の出身である和歌山県橋本市の地元に、総工費2億円の私財を投じて、本格的な球場の建設を進め、8月に完成した(筒香スポーツアカデミー)。12月2日、帰国した筒香も出席して完成記念の式典が開かれた。

自身が建設した野球施設の竣工式で始球式をする筒香嘉智(2023年12月2日、写真:共同通信社)自身が建設した野球施設の竣工式で始球式をする筒香嘉智(2023年12月2日、写真:共同通信社)
「筒香スポーツアカデミー」のメイン球場(2023年12月2日、写真:共同通信社)「筒香スポーツアカデミー」のメイン球場(2023年12月2日、写真:共同通信社)

 地元の少年野球チームの子どもたちやその保護者を前に「子どもたちの将来を第一に考え、責任を持って世界で活躍できるような人材を育てていきたいです」と挨拶をした。そしてここでも、ある意味野球の頂点を極めた筒香がこういう発言をするのである。

「野球選手になることがすべてではないと思っています。みずから考えて、行動に移せる人材を送り出していきたいです」