安藤哲也さん。往来堂書店という本好きには有名な書店の店長を務めるなど、出版界の改革者だった。ある時、出版業界に愛想を尽かして決別したが、15年余り離れていた本の世界に戻ってきた

出版の世界では知らぬ人のいない名著『だれが「本」を殺すのか』(佐野眞一著、プレジデント社)。2001年に発売された本書では、出版不況の実態と本質について多角的な取材を重ねて描いている。本書の発売から20年以上が経ち、本を取り巻く世界は一層厳しさが増している。だが一方では救いもある。かつては想像もしなかったような動きがあちこちで生まれているからだ。本の世界で挑戦し、かつては夢破れて業界を去った男も再び本の世界に戻ってきた。厳しい業界の中で、本を「生かす」のは果たして誰なのだろうか。(文中敬称略)

(浜田 敬子:ジャーナリスト)

東京・谷根千に生まれた小さなシェア型書店

 朝から30度を超える中、谷中の細い路地を入った奥にその店はあった。7月上旬の開店直後で冷房の設置が間に合っていないという店内で、安藤哲也(60)は来店した客の応対に追われていた。

 書店というより本屋といった方がぴったりのその店の名は「Books & Coffee 谷中 TAKIBI」。本を買うと挟まれる栞(しおり)には、「人が集まり、地域や社会を変えるアクションが生まれる“たき火”のような本屋。谷根千エリアに初めて生まれたコレクティブ(共同)シェア型本屋です」とある。

 人が5、6人入ればいっぱいになる7坪の空間の一角にはベンチが設けられ、注文すればコーヒーなどを飲めるカフェにもなっている。壁いっぱいを占める本棚を占める本の多くは古書だ。

 棚は60ほどの区画に区切られ、それぞれにオーナーがいる。本屋をやってみたい、自分が読んで面白かった本をお勧めしたいという本好き、本屋好きたちに、1つの棚を月額3000〜1万円で貸し出し、棚主たちは自分が読み終わった本を並べて売る。値段も自分でつけ、売り上げの85%は棚主に入る仕組みだ。

「Books & Coffee 谷中 TAKIBI」。本の世界を離れていた安藤哲也さんが再び開業したシェア型本屋だ

新刊はない、それでも個性豊かな掘り出し物に出合える

 ジェンダーや子育て、働き方、登山など各棚にはオーナーたちの個性が反映され、異なるジャンルが隣の棚に並んでいるのも面白い。意外なラインナップにその棚主はどんな人なんだろう、なぜこの本の隣にこれを並べたんだろう、と選ぶ側には想像する楽しみもある。

 棚主が読み終えた古書なのに新鮮に感じるのは、チェーン型書店や大型書店では出合えない本、掘り出し物が見つかるから。どこに行っても平台にビジネス本や自己啓発本が積まれている新刊書店の風景に少しうんざりしている身にとって、むしろ「読みたい」という読書欲を掻き立てられる。

 取材で訪れた日、店に納品に来ていた棚主は、三重県からの夫婦だった。妻は独身時代、大手書店でアルバイトをした経験があり、いつか自分も絵本の専門店を開くのが夢だったという。安藤がTAKIBIを始めるにあたって実施していたクラウドファンディングで棚主募集を知り、夢の一歩と申し込んだ。