本の世界で挑戦し、かつては夢破れて業界を去った業界の風雲児、安藤哲也。その男が15年余りの時間を経て、本の世界に戻ってきた。前回記事で触れたように久しく業界から離れていた安藤だったが、新たに書店を中核としたまちづくりを目指し始めた。(文中敬称略)
前回記事「書店業界と決別した風雲児が15年ぶりに復帰、開店した『シェア型本屋』とは」から読む
(浜田 敬子:ジャーナリスト)
20年間横たわる「欲しい本に書店で出合えない問題」
安藤哲也が、本の世界に再び戻ってきたのは、2022年5月の山形県河北町への「プチ移住」がきっかけだった。
河北町は山形県のほぼ中央にある人口約1万8000人の町だ。その町に唯一残っていた書店がなくなったのは6年前のこと。以降、本屋に行きたい女性や漫画を買いたいという子どもたちは、週末にバスに乗って隣町のイオンモールに行くしかない。「子どもが自分の足で通える本屋が必要だ」と感じたという。
出版文化産業振興財団の調査では全国で26.2%、456の市町村に書店がない(2022年9月現在)という実態が明らかになり、多くのメディアで取り上げられた。「書店砂漠」と評するメディアもあったが、この15年間で4割もの書店が減っている。危機感を募らせた書店業界は一部、自民党の議員連盟に支援を求め、ネット書店の送料無料に対する規制や図書館の新刊本の貸し出しルール作りなども検討されているとも報じられた。
だが、そうした動きを安藤は冷ややかに見ていた。15年離れていた出版業界の本質的な課題はほとんど変わっていないと。
「基本的な仕組みは変わっていない。取次という巨大な流通システムが残ったまま、マーケットは小さくなっているという、そのバランスは崩れたままです。一方で、書き手や編集者は若返って、昔とは違う切り口の面白い、いい本も出てきているのに、その本を買おうと思って書店に行っても、店頭にはない。だからアマゾンで買うしかない。欲しい本に書店で出合えない問題はこの20年変わっていないと思います」
それでも安藤が本の世界に戻ってきたのは、プチ移住した河北町に本屋を復活させられないかと思ったからだ。
「今東京以外でも書店を始めたいと思っている若い世代は増えている。でもこれまで出版業界は創業支援をしてこなかった。他の業界では当たり前のようにスタートアップ支援の仕組みがあるのに。そういう問題があることはわかっていたけど、僕もこの15年はファザーリング・ジャパンの活動に没頭していたので、強烈な問題意識にまではならなかったんですよね。でももう一度本の力を信じてみようと思ったんです。そういうものを信じられるような仕組みや環境ができたらいいなと思って」