「そんなことないですよ」と伝える役割

嵩氏:一方で、東京近郊の人気の高まりはあくまで「引越し」です。よりよい住環境を求めて移り住む「引越し」と、ライフスタイルごと変えようと農村部に移り住む「移住」とは切り離して考える必要があります。

――農山村への「移住」促進の狙いが込められた協力隊制度について、総務省は2026年度までに現役隊員1万人の達成を目指して中身を拡充しています。農山村でも人口減が避けられない中、そこで活動する協力隊の意義をどう考えますか。

嵩氏:地域おこし協力隊は自分たち自身が主役ではなく、あくまでもこの地域をなんとかしたいと頑張っている地域の人の活動をお手伝いすることが本来の趣旨だと思っています。

 協力隊に限らず、移住者としてよそ者が入ってくることによって、地元の人たちにとっては「ここに住み続けていいんだ」「私たちの地域が選ばれたんだ」と再認識する機会になります。

「ここはもうダメだ」というあきらめが広がろうとする地域に、実際に移り住んで「そんなことないですよ」と言い続ける人の存在は大きいし、今後はさらに重要になると思います。

 また総務省によると、協力隊員の約7割が20~30歳代です。隊員の子世代にとってのふるさとを作るという意義もあるでしょう。

 ただ、隊員数の拡大にあたっては、自治体と受け入れ地域との間で、どんな人を呼びたいのか、どんな活動をやって欲しいのかということをいままで以上にすり合わせる必要があると感じます。

 隣町でうまく行っているからとか、国から増やすように指示があるからという考えでは、地域への定着も望めません。地域側にも協力隊を入れることで、何かしらの変化が起こるということを覚悟する必要があります。

 現在6千人程度の隊員数を急速に拡大させようとすると、自治体に採用プレッシャーがかかり、ミスマッチに近い人まで受け入れざるを得なくなるということが起きかねません。

「おためし協力隊」や「協力隊インターン」といった制度を活用するなど、丁寧な受け入れを進めていく意識も重要だと思います。

 そして大切なのは、移住者にとっても、受け入れる地域にとっても、移住はあくまで「手段」であり、「目的」ではないということです。

 移住者にとっての目的を突き詰めて考えれば、移住によって自ら思い描く理想の人生を実現するということでしょう。

 一方で地域にとっては、移住者を受け入れることによって、理想の地域像を実現するということでしょう。

 移住者も地域も、それぞれのビジョンをはっきりさせることが重要です。お互いのビジョンをはっきりと示しあうことで、双方にとって不幸な移住を無くすことができるのではないかと思います。