人口減。高齢化。地方創生。東京一極集中。過疎化。担い手不足……。永田町界隈で地方の苦境にまつわる記事を書きながら、もう一人の自分が突き付けた「おいおい、ところであんたの田舎はどうなのよ!?」という問い。そいつに寄り切られる形で11年勤めた朝日新聞社を辞め、地元に戻り、はや1年が経った。
地域でやれることは何だろうか――。そんな思いを原点に、自らの問題意識に従っていくつかのことに着手してみたこの1年。さて、半か丁か。地域の力になりながら、自らの足場を築くという両立はできるのか。もがき、あらがう途中経過を、ここに記録する。
3回目の今回は、地方移住の決断を阻む最大の敵「なりわい」をめぐるお話。(河合達郎:岐阜県本巣市地域おこし協力隊、フリーライター)
◎第1話:朝日新聞の元政治部記者が地域おこし協力隊として地元に戻り気づいたこと(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70310)
◎第2話:深刻化する子どもの教育環境格差と、樽見鉄道・神海駅に寺子屋を開講するまで(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70395)
地方に住んでみたいけど、どうせ魅力的な仕事なんかないし──。
多くの現役世代に地方移住を躊躇させる、この「なりわい」という最大にして最強のハードル。ラスボスとも言うべきその難敵に対し、「もしかしてこの武器、多少は使えるんじゃない?」とポテンシャルを感じたのが、「師匠と弟子」という関係性だ。
そう考えるに至ったのは、ここ岐阜県本巣市で出会った二人の長老の存在だった。
まずはその一人、林仁武さん(88)。17歳から農業に携わり始めたという、この道70年の大ベテランだ。
林さんに初めてお会いしたのは2021年5月。ちょうど、協力隊に着任して1カ月が過ぎたころだった。
遊休状態の農地を再生した先に、その地で何を育てていくのか。そんな検討をしていた当時、果樹の中では比較的成長が早く、加工のおもしろさがあるいちじくに目がとまった。
調べてみると、本巣市には生産者による振興会もある。おっ、これはちょうどいい。ということで、指導を仰げる方を探し始めた。
……が、これが一筋縄ではいかなかった。ある生産者さんの門を叩いたところ、返ってきたのは「うまくいくわけない」「やめとけ」。えっ。その反応に素直に驚いた。
今思えば、無理もない。こちらはどこの馬の骨ともわからない人間だ。農家それぞれに独自の技術があるだろうし、思いも考え方も違う。こちらのリスクをおもんぱかってくれたのかもしれない。
だが、当時はそれよりも、地域の遊休地をなんとかしたいというこちらの思いからして否定されたような気持ちが強かった。
また今度も、追い返されるかもなあ。そんな経緯で軽くピンチに陥り、不安を抱えながら訪れた林さんの畑。初めてお会いしたその場で、林さんはあっさりと言い放った。
「わっちが知っとることは何でも教えたるよ」