「集落の教科書」が持つ二つの意義
嵩氏:こうしたミスマッチを防ぐには、お互いに納得しつくしたうえで移住するということが不可欠です。そのためには、受け入れ地域の側が「ここに入ったらこういうルールがある」ということをきちんと伝えなければなりません。
ルールを知らなければ、悪気がなくても破ってしまいます。それに対して地域住民が不満を募らせ、トラブルになるということも大いにあります。
ですから、移住者が実際に移住する前に知っておかなければならない情報を、地域がどれだけ事前に提供できるかが重要なのです。
最近では、地域で「集落の教科書」というものが作られるようになってきました。いいことばかりではなく、ネガティブな情報も含めた実情を伝えようというコンセプトのものです。京都府南丹市のNPO法人テダスが、地域住民と協力して作成したのが最初でした。
いまでは『「集落の教科書」のつくり方』(NPO法人テダス事務局長・田畑昇悟著/農山漁村文化協会)という本まで出版されています。
テダスと地域との取り組みの中でも、当初は、ネガティブな情報を出したら移住者が来なくなるのではないかという話があったそうです。
ですが、実際に移住者が来てトラブルになるより、来る前に判断してトラブルを回避できた方が双方にとってメリットがあるでしょう。行政の情報発信はどうしても良いことしか話さない傾向がありますから、移住検討者にとっては貴重な判断材料になると思います。
――集落の教科書にはどのようなことが紹介されているのでしょうか。
嵩氏:例えば「ルールには濃さがある」ということが書かれています。一口にルールと言っても、強制力の強弱や認知度の高低には差があるという意味です。
そしてこの中で、移住者が最も気を付けなければならないのが「強制力が強いのに、認知度は低い」というルールだと紹介されています。「集落の草刈りは共有部分から始めるもんだ」という、私が指摘されたルールがまさにこれでしょう。
こうしたルールや風習は役場も教えてくれません。集落の側がこれを言語化、見える化することは、移住者とのトラブル回避に有効だと考えられます。
私は、集落の教科書にはもう一つの意義があると思っています。それは、教科書作りを通じて、集落の人たちが地域の将来を考えるきっかけになるということです。
日本全体の人口が減っていく中で「うちの村や集落だけが人を増やす」というのは非現実的です。であれば、少ない人口でこの先集落をどう維持していくのか。これは地域側がきちんと考えなければなりません。
集落の教科書作りは、地域ルールを見直し、将来の集落のあり方を見直すツールとして役立つと思うのです。