反論の余地のないその主張に対しては、共産党内の反対派であっても口を閉さざるを得なかった、というのが終身国家主席へ至った見立てだ。
それは取りも直さず、1953年6月生まれの習近平(65歳)時代に台湾統一を成し遂げることを意味する。
もし、その間に平和的統一が達成できなければ、武力統一も辞さない構えであり、台湾はもとより、日米などの周辺国・関係国に向けて、台湾危機が現実のものとして切迫しつつあることを示す重大な警告と見なければならない。
ロシアのクリミア半島併合を
研究させた習近平の台湾統一工作
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領をロール・モデルとする習近平主席にとって、「あいまいハイブリッド戦」と呼ばれるプーチンのクリミア半島併合は格好の教材である。
習近平主席は、中国のシンクタンクにその研究を命じ、それによって、中国の台湾統一研究が劇的に変化したと言われている。
中国は、すでに、台湾に対して、いわゆる「グレーゾーンの戦い」を仕かけており、外交工作、軍事工作、そして対国内工作などを複雑に絡ませながら、熟柿が膿んで自然に落ちるのを待つ「熟柿作戦」を展開している。
それが功を奏さないと見れば、最終手段としての武力統一に打って出る手筈であることは、前述のとおりだ。
外交工作:台湾の国際空間からの締め出し
中国は、台湾を国際機関から締め出し、また、その圧力で台湾と外交関係のある国々を断交に追いやっている。
この背景には、中国が主張する「一つの中国」原則の受け入れを台湾に強要し、国際社会に認めさせようとしていることにある。
1949年に中華人民共和国(中国)が成立し、国連では「中国代表権」問題が生起したが、当時の中華民国(台湾)政府の蒋介石総統は「漢賊並び立たず」と述べ、台湾政府が「唯一の中国正統政府」であるとの主張を崩さなかった。
日米両国は「二重代表方式」を模索し説得に努めたが、蒋介石がこれを拒否したため、1971年に代表権は中国に移転し、台湾は国連から排除された。
それが国際社会における中台確執の始まりであり、以来、台湾は中国との関係から国際的な活動が制限されてきた。