大日本帝国陸軍の亡霊と「自律的な暴走」

 IRGCと大日本帝国陸軍(1930~40年代)の構造的類似は、軍事独裁シナリオにおいてより鮮明になる。

 戦前の帝国陸軍における「下克上」現象──関東軍の満洲事変(1931年)、軍部大臣現役武官制による文民統制の崩壊──は、IRGCにも見られる。例えば、最近では、ヒズボッラーのハサン・ナスラッラー指導者の暗殺(2024年9月)やシリアの体制転換(2024年12月)をイスラエルに許した点で、IRGCの若手将校たちは、上層部の幹部たちの無能力さや腐敗に強い怒りを感じてきた。これらの強硬派の若手をなだめるべく、2024年10月のハメネイ師によるイスラエルに対するミサイル攻撃という強硬な判断につながった可能性も指摘されている。どちらも「組織のイデオロギー純化が進むほど、上層の抑制が効かなくなる」という病理を示している。

 しかし決定的な差異がある。広島・長崎への原爆投下後、天皇の「聖断」によって終結が可能だったのは、天皇が組織の根本的権威だったからだ。

 一方、ハメネイ師は死んだ。彼に相当する「聖断を下せる権威」はもはやイランに存在しない。 IRGCの意思決定を停止させる「聖断」を今後、誰も持ち得ない。これが日本の終戦との最大の構造的差異であり、紛争の長期化リスクを高める本質的な要因だ。

 また、戦時中は軍需産業が日本のGDPの30~40%を占めたが、軍による直接所有ではなかった。IRGCはハタム・アル・アンビヤーなどの企業体を通じイランGDPの50%以上を直接管理し、石油輸出の最大半分も掌握している。経済的生存とイデオロギー的使命が一体化した組織は、内部からの改革も外部からの圧力による変容も極めて困難だ。

「宙吊り」は終わらない

 開戦6日目の現在(3月5日)、クラウゼヴィッツの問い──「この戦争で何を達成しようとしているのか」──への答えをトランプ政権はいまだ提示できていない。核施設の破壊、IRGC指導部の排除、民衆蜂起の支援、クルド人武装勢力の活用──これらの目標は必ずしも相互に整合的な統一戦略を形成していない

 IRGCは死なない。指導部が除去されても、各地の自律的部隊、急進的若手将校、1000億ドル規模の経済帝国、そして「殉教者ハメネイ」の神話は残り、弔い合戦は激化している。むしろ、斬首作戦は結果としてIRGCをより分散化させ強靭、過激にするリスクをはらんでいる。

 CIAの「第3のシナリオ」──経済利権を保護すれば実利主義的なIRGC派閥が台頭する──は、理論的には成立し得よう。しかし、急進的な第3~第4世代の台頭と、「殉教の神話」による組織的過激化が、そのシナリオを成立させる時間的・政治的窓を急速に狭めている。

 トランプ大統領の賭けが最良のシナリオで終わっても、イランには「核能力を持たない弱体化した軍事独裁政権」が残り得る。最悪のシナリオでは、リビア型の国家崩壊が中東全体を呑み込む。いずれの帰結も、中東における「新しい秩序の始まり」ではなく、不確実性の長期的拡大を意味する。

「クラウゼヴィッツの宙吊り」という重い課題は、戦闘の拡大と深まりにつれ、その姿を一層露わにするだろう。目標達成の確実性が低い戦争は、勝利のない戦争になりやすいばかりか、長期化する可能性も高くなる。特に、米国とイスラエルという同盟国の間での戦争目的をめぐる意識の揺れ(あるいは距離感)は、今後、この歴史的な戦争の行方に大きな影を落とすかもしれない。2026年は中間選挙の年だが、6割近いアメリカ人がすでにトランプのイラン軍事行動に反対しているとの米世論調査の結果もある。

 イランの新しい体制との「美しいディール」によって、この戦争が早期に収束すると楽観視するには、今はいまだ時期尚早である。ニューヨーク・タイムズ紙に報じられたCIAの分析官たちは、実に重い重荷を背負わされてしまった。