実際に、いわゆるユーチューバーと呼ばれる人たちが、いきなり学校を訪れて、動画を撮影するなどして、物議を醸している。

 こうした状況こそ、ネット上の「リンチ」と呼んで問題視する声もあがる。

正義感に根差す過剰な行動がいつしか誹謗中傷に

 しかし、こうした展開を追えば追うほど、問題の本質はどれもいっしょのように思えてならない。

 まるで犯人を追及するように、SNSで暴行の当事者を特定し、批難を浴びせるのは、それが正義だと信じて疑わない心理が働く。彼らは間違っている、だから正しい私が正論をぶつける。主張して制裁を加えなければならない。その言葉がネット上で増えるほどに、反響するほどに、自己が正当化され、支持されたと満足する。自分は正しい、間違っていない、正義の側なのだと肯定感に浸る。それが批難の域を飛び越えて、誹謗中傷になっていたとしても、気づかない。

 私もSNS上で、いわゆる炎上という状態に晒されたことがある。それも1度や2度ではない。その書き込みには、誤った情報が含まれていても、匿名の彼らは自分を信じて疑わない。攻撃的で、誹謗中傷が混ざり(それだけのものもあった)、反論を許さず、まさに集団リンチと呼ぶに相応しい。おそらく、麻原彰晃元死刑囚の指示で逃げ場を失い殺されていった人たちも、こんな気持ちだったのだろうと想像すらしてしまう。