「戦後90年」はあるだろうか

「あの戦争の『われわれ化』」。辻田さんは、私たちが直面している課題をそう表現した。

 積読しがちな私だが、「戦後80年」のうちになんとしても、と、師走になってようやく読み終えた。そして、あの取材で出会った若い彼女の言葉の数々を思い出したのだった。

 これまで「あの戦争」で起きた出来事は、様々な形で語られ、記録され、伝えられてきた。混沌と不確定要素ばかりの中で、この世界がどんな方向に向かっていくのかはまるで見通せないが、「体験者が減っていく」という方向性だけははっきりしている。2025年は、体験者が語ることができる最後の大きな「節目」とだという人もいた。そもそも「戦後90年」「被爆90年」はあるのか。引き続き戦後でいられるのか。

 そんな、戦後80+1年とその先を生きていく私たちが、ここからできること、しなければならないことは何か。取材者として広島にいる私には少なくとも、「ヒロシマ」が見過ごしてきたものを探すこと、そして、戦後の民主社会での叡智の積み重ねによってこの社会が会得してきた、人権やジェンダーなどといった新たな切り口をツールにして「ヒロシマ」を見つめ直して解釈すること、といった課題が目の前に立ちはだかっている。

 レールに乗らず違和感を提示し続けた先人はいる。だが、もっと大きなうねりを作らなければならなければこの流れには抗えない。「1945年8月6日に起きた出来事」を昔話として語り継ぐ伝承だけでは、もはや通用しない。

 現代を生き、国際政治と日本社会で起きている現実をまっすぐ見つめながら、タブーを排除して、過去に積み上げられてきたものを棚卸しし、現代から紡ぎ出し直したナラティブとしてどれだけのものが提起できるのか。それこそまるで見通せないものの、節目なるものを通り過ぎた新しい年の始めに、そんな思いを新たにする。まさに正念場だ。