過去からは遠いが、未来には近い私たち
昔実際に使われた核兵器の被害からは程遠くにいる。ただ、未来に使われるかもしれない核兵器の被害からは、被爆者たちよりも近くにいる。この学生だけでなく、決して若くはない私も、そうだ。
ならば、同じ「核兵器のない世界を」と訴えるにしても、様々な切り口やナラティブが必要だ。原点はブレずにそれをどう豊かに耕し、広げていくか。それが、国政の中枢から「核保有」が肯定的に提起され、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という国是も大きく揺らぎ始めた状態で越年した2026年の年始、自らを「被爆地」と名乗り続けている広島(ヒロシマ)に立ちはだかっている大きな課題だ。
戦後80年の節目だった2025年、いくつもの関連書籍が世に出た。中でも話題になったのは、近現代史研究家の辻田真佐憲さんが出した『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)。11万部を超えるベストセラーになった。
私たちが「あの戦争」と呼ぶあの戦争の入り口がどこなのか、いくつもの呼称がある理由は何か、といったところから、「あの戦争」と呼ばれるものがいつ終わったとされるのか、など、ともしれば時系列になぞりがちな歴史というものを、現在を生きる著者(そして私たち)が抱く疑問を切り口に考察した内容だ。
「歴史は客観的なものではなく、つねに現在からの解釈にほかならない」。冒頭に辻田さんはそう記している。