クリエイターを「メディア」として尊重したインフルエンサー戦略

 マムダニ陣営は、彼の掲げる政策に共感する70人以上のクリエイターと本質的な関係を構築し、「クリエイターズ・フォー・ゾーラン(Creators for Zohran)」という名のグループを結成している。

 報道によれば、この草の根の連合が抱えるフォロワー数は合計7730万人にも達し、公式キャンペーンが単独で制作できる量を遥かに超える、大量のコンテンツを独自に制作・拡散させた。

 さらに画期的だったのは、キャンペーン終盤にインフルエンサー専用の会見をしたことだ。マムダニは集まったクリエイターたちに対し、「ただ面白おかしい動画を一緒に作る」のではなく、住宅、育児、移民などの実質的な政策問題についても質問するよう促し、彼らをマーケティングチャネルではなく、公の議論を担う真のメディアとして扱った。

 NBCニュースの報道によれば、マムダニ陣営は、このブリーフィングは政治に関心の薄い新規視聴者層にリーチすることを目的としていたと説明したという。

 クリエイターたちは自由に発言・批判することが許され、実際にブルックリンを拠点とするヒップホップ・レコーディング・アーティスト、レジー・Bは、「市長在任中、ニューヨーク市民全員にバイセクシュアルのガールフレンドを提供する予定はある?」と質問、会場は爆笑に包まれたそうだ(ちなみに、この質問がこの日唯一マムダニが回答を控えた質問だったとのこと)。

 こうしたインフルエンサー戦略については、彼が連帯を呼び掛けたクリエイターの多くが、公立学校の教師や舞台芸術家など地域コミュニティに根差した現役のニューヨーカーであったことが、発信内容に高い信頼性と「本物らしさ」を与えたと評価されている。

 NBCニュースもマムダニの戦略について、他の政治家と比較して「従来のメディア中心政治からの脱却」と「双方向性の重視」という2点で際立っていると指摘している。

 実際、ホワイトハウスやトランプなども「友好的なインフルエンサー向けの説明会」を開いている。しかしそれは、政府や政治家側がメッセージを管理・配信する形式で行われるのが一般的だ。

 一方でマムダニは、政治に無関心な層へのリーチを意識し、文化系・生活系の非政治的インフルエンサーまで招き入れ、彼らを質問者・批判者として尊重した。インフルエンサーたちも「プロパガンダではなく信頼を守る」と応じ、政治と市民社会の新しい接点として機能することとなった。

 この点で彼の戦略は、「単なる動員ではなく、新たな政治的対話をつくろうとする革新的な試みだった」と評価されている。

 もちろんマムダニがニューヨーク市長選で勝利したことの根本には、彼の政策や政治的姿勢が評価されたという点が大きい。しかし掲げた政策を「どうせ選挙中だけの口先だろ」や「裏側にいる誰かに言わされてるんじゃないか」と感じられてしまったり、既存の支持者の外にまで響かせていくことができなかったりしたら、それを票に換えることはできない。

 この問題をマムダニは、発信スタイルが醸し出す親近感、バイラルをフックに政策アピールにつなげる努力、インフルエンサーを通じた相乗効果という3つのSNS戦略で乗り越えようとしたと言えるだろう。

 選挙とSNS、ソーシャルメディアというと、残念ながら最近はデマによる扇動の問題がクローズアップされている。しかし優れた戦略があれば、SNSはまだ、政治家が自らの主張を的確かつ効率的に発信する場となり得る。そんなことを、マムダニの当選は示しているのではないだろうか。

小林 啓倫(こばやし・あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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