伝統的な情報作戦、ソーシャルメディアと出会う
では、具体的にどのように対立を煽るのだろうか。
本書によれば、彼らは、SCLが海外の麻薬組織内で混乱を引き起こすために使った手法を忠実に踏襲したようである。
(1)「思い通りに操ることができる情緒不安定・被害妄想的ターゲット」を特定する
(2)「ボスに食い物にされている」「責任を負わされる」などのナラティブを吹き込み、組織への反感を植え付ける
(3)ターゲットが顔合わせできる機会をつくり、お互いに噂をシェアすることで、不信を増幅させる
加えて、彼らはソーシャルメディアに注目した。
彼らはFacebookユーザー数万人分のプロファイルを受け取り(2014年までに8700万人超のデータを入手した)、州政府や民間業者から購入したさまざまな個人データと統合して、データベースの作成を進めた。これによって、よりきめ細かいターゲティングが可能になる。
「いいですね。それでは何でもいいから州名を言ってください」
「どういうことだ? では、ネブラスカでどうかな」と彼は言った。
ジュシカスはキーボードをたたき、スクリーン上に一覧を表示した。Aという名前のネブラスカ住民の一覧を見せたのである。続いて、そのうちの一つをクリックした。すると、大勢のAの中の一人ーー女性ーーについてのあらゆる個人情報がスクリーン上に出てきた。顔写真、勤務先、自宅、子ども、子どもが通う学校、自家用車ーー。ほかにもある。彼女は12年の大統領選挙でミット・ロムニーに投票し、歌手のケイティ・ペリーのファンで、ドイツ車アウディを運転する。全体としてちょっとありきたりだ。われわれは今では彼女について何でも知っている。しかも彼女の情報ーー彼女に限らず多くのプロファイルの情報ーーはリアルタイムでアップデートされている。彼女が今フェイスブックに何かを投稿すれば、われわれには直ちに見えるのである。
「屈辱を感じている男性ほど強力な存在はほかにない」
研究を進めるうちに、やがて引きこもり白人男性の多さに着目するようになる。彼らは「屈辱を感じている」とCAは分析した。
社会の慣行や価値観が変わり、人種差別や女性蔑視をすればバッシングされ、「普通の男」というアイデンティティーが脅かされる。いわゆるインセル(非自発的禁欲主義者)が注目され始めたのも同時期だった。
「バノンにしてみれば、屈辱を感じている男性ほど強力な存在はほかになく、格好の研究対象になる(そして悪用する対象にもなる)」と著者は書く。
プロファイルや掲示板を観察すると、彼ら自身、いつまでも引きこもりを続けるわけにはいかないと感じ始めているようだった。「今こそ引きこもり状態から抜け出し、アメリカが偉大だった時代ーー人種差別主義者・女性蔑視主義者にとって偉大だった時代ーーに戻るのだ!」
彼らは、これまで収集したデータをもとに、以下の集団を特定し、ターゲットにすることにした。
・「神経症とダークトライアド特性(ナルシシズム・サイコパシー・マキャベリズム)を持つ集団」
・「平均的市民よりも衝動的怒りや陰謀論に傾きやすい集団」
そしてフェイスブックグループや広告、記事経由で、ナラティブを流し、感情に火をつける。2014年になると、CAはFacebookなどのソーシャルメディアに偽ページを作り始めた。
「スミス郡愛国者」とか「私は国を愛する」などと、適当な名前のページを作成する。このページに「いいね!」したユーザーはもちろん、すでに似たようなコンテンツに「いいね!」を押したユーザーに対して、怒りをかき立てるような動画や記事を大量に流し続ける。
グループが一定の人数に達すると、彼らはリアルのイベントを開催した。参加者は怒りや恐怖を共有し、互いの妄想をかき立て合い、陰謀論に傾斜するという。
ここで気になるのは、著者の奇妙な明るさである。
「このままではいけない」と真剣に悩み、社会を憂いている人たち。その顔写真や趣味嗜好、SNS投稿まで手中に収めたうえで、安全な場所から怒りをかき立て、コントロールしようとする試みは、グロテスクにすら感じられる。だが文章から伝わってくるのは、まるで新しいオモチャに夢中になっているような興奮と熱気。
著者いわく、当初は、偏見の軽減・排除のために人種を研究していると思っていたという。だが、「われわれはヘイトとカルト的パラノイアでアメリカ全土を”汚染”するマシンを造っていた」ことに気づく。2014年末、著者はCAを退職する。その後、バノンがCA副社長に就任した。
著者の開発したツールや手法、関わったプロジェクトが、大統領選挙の動向にどこまで影響したのか。本書からはわからない。