エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』が今、大きな注目を集めている。
トッドは、人口動態を軸に歴史を分析し、旧ソ連の崩壊やイギリスのEU離脱などを予測した歴史学者・人類学者・人口統計学者である。冷戦終結後に唯一の超大国になったアメリカの覇権が2050年までに崩壊すると予測した『帝国以降』は、世界的なベストセラーになった。
本書『西洋の敗北』では、ロシア・ウクライナ戦争を西洋衰退の象徴的な出来事と位置づけ、西洋の経済的・軍事的限界と中国やロシアの台頭を同時に論じることで、これからの世界が多極化に向かう未来を予測している。
現時点でロシア・ウクライナ戦争の結末は見えていないが、本書が執筆された2023年の時点で、トッドは既にウクライナとヨーロッパの敗北を予見している。彼によれば、この戦争は単なる地域紛争ではなく、西洋の覇権が崩壊しつつあることを示す重要な転換点なのである。
EUは不安定化し、アメリカの影響力も低下
アメリカとヨーロッパは、ウクライナ支援を通じてロシアの弱体化を画策したが、結果的に自国の軍需産業の限界を露呈することになった。
EUはロシアに経済制裁を科したが、ロシアはこれに持ちこたえ、むしろエネルギー価格の高騰やインフレがヨーロッパの経済力を弱体化させる結果を招いた。
そして、EUはかつて期待されたような統合と発展を実現できないどころか、むしろ各国の経済的・政治的な不安定さは、より深刻さを増している。EU経済の中心のドイツは、エネルギー価格高騰による製造業の競争力低下に直面し、またフランスも国内の政治的分裂に苦しみ、とてもリーダーシップを発揮できる状況にない。
更に、人口動態から見ても、EUの多くの国で出生率の低下が進んでおり、これが長期的に労働力の減少や社会保障の負担増につながり、EU経済を更に不安定化する要因になっている。
同時に進行しているのが、アメリカの覇権の終焉である。