これに対してトッドは、これまでのように西洋が他国に対して自分たちの価値観を押し付けるのではなく、多様な文化や歴史を持つ国々がそれぞれの道を歩むことを認め、異なる社会モデルが共存する世界が形成されるべきだと主張する。

 このように、トッドはリベラルの価値観を全面的に否定する訳ではないものの、西洋のリベラルな体制が機能不全に陥っている現状を強く批判している。その立ち位置を整理すると、経済的には左派、文化的には中立から保守、国際政治では反アメリカ的と言える。

 トッドの思想は、特定の政治的イデオロギーには当てはまらないことから、左派・右派どちらにも受け入れられる部分があると同時に、どちらからも批判されることがある。彼の視点はあくまでも客観的かつ冷静であり、特定のイデオロギーに囚われることはないのである。

「西洋」には2つに意味がある

 最後に本書で注目すべきなのは、こうした多極化する世界情勢下での日本の立ち位置についての示唆である。

 トッドが言う「西洋」には二つの意味がある。そのひとつは、アメリカ、イギリス、フランスにドイツと日本を含む「経済的近代の西洋」である。地政学的に見ると、日本とヨーロッパは、ロシアから中国にまたがる「ユーラシアの中央の塊」に対する対称的な立場にいるという共通点を持っている。そして、経済的発展が先行して先進国の仲間入りを果たした日本は、その意味で西洋の一部に含まれる。

 もうひとつは、政治制度の変革が先行した「政治的近代の西洋」であり、これにはイギリス、フランス、アメリカといった三大自由民主主義国だけが含まれる。ドイツと日本は、こうした意味での西洋には当てはまらないのである。

 トッドの家族制度の分類で言えば、ドイツや日本の政治的伝統は、兄弟間が不平等でより権威主義的な「直系家族構造」である。イギリス、フランス、アメリカなどの平等主義で個人主義的な「核家族構造」とも、中国やロシアのように兄弟間が平等な「共同体家族構造」とも一線を画している。

 トッドは、日本では根底にある文化的な深い部分で、「全ての国家は同じ」という均一な世界観は受け入れられないだろうと考えている。「それぞれの民族は特殊」であり「独自の歴史を持っている」という方がより実感に近く、むしろ「国民国家の主権」というロシア的な感覚の方が日本の気質に合っていると言う。