フジテレビ問題はビジネスパーソンの生き方を問うている。写真は同社の本社(写真:Olga Kashubin/Shutterstock.com)

稀代の読書家として知られ、ベストセラー『読書大全』『人生を変える読書』の著者である堀内勉氏。現在は多摩大学大学院教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長を務める同氏は、かつて籍を置いた日本興業銀行(現みずほ銀行)、ゴールドマンサックス証券、森ビルなどで、日本経済を襲ったバブル崩壊の荒波と闘ってきた。会社と社員の関係が変わりゆく中、ビジネスパーソンはどう会社や仕事と向き合っていくのか。日本企業の動きを踏まえて考えていく。

(堀内 勉:多摩大学大学院教授 多摩大学サステナビリティ経営研究所所長)

組織人に切実な「君たちはどう生きるか?」

『君たちはどう生きるか』という本をご存知でしょうか。

 戦前戦後を通じて編集者・児童文学作家として活躍した吉野源三郎によって1937年に書かれた小説です。

 本書は、「コペル君」というあだ名の中学生の本田潤一を主人公に、彼の日常生活での経験を通した成長を描いた物語です。コペル君の叔父さんが、彼の考えたことや疑問に対し、哲学的・倫理的な視点でアドバイスをしながら物語が進みます。最後に、叔父さんからコペル君が「君たちはどう生きるか?」という問いを投げかけられて、この物語は終わります。

 そして、この問いこそが、著者から読者に向けられた重要なメッセージになっているのです。

 本書が出版された1937年は、日本が戦争への道をまっしぐらに進んでいる年でした。1931年の満州事変で日本が中国東北部に進出し、1936年の二・二六事件で軍部の影響力が拡大し、1937年の盧溝橋事件で日中戦争が始まるという、日本で軍国主義が台頭し、国家総動員体制へと向かう時代でした。

 こうした中で、本書は「国家のために生きる」という戦時教育とは異なる視点で、「人間としてどう生きるべきか」を人々に問いかけたのです。当時の思想統制が強まる中で、本書の存在は異彩を放つものでした。

 本書は、2017年に羽賀翔一による漫画版が出版されて以降、再び大きな注目を集めています。漫画版の発行部数は200万部を超えるとともに、岩波文庫版の累計販売数が『ソクラテスの弁明』を上回り、同文庫内で歴代1位となりました。

漫画 君たちはどう生きるか』(吉野源三郎 著, 羽賀翔一 画、マガジンハウス)

 また、2023年には本書をオマージュした宮崎駿の映画『君たちはどう生きるか』が公開され、アカデミー賞で長編アニメーション映画賞を受賞したことで、さらに注目が高まっています。

 私が本コラムの連載を開始するに当たって、なぜ本書を紹介したかと言うと、「君たちはどう生きるか?」というストレートな問いが、今、企業や役所などの組織で生きる人たちにとって、切実な問題になっているからです。