どうすれば「自己」という概念に突然変異を起こせるのか

 著者は、なぜバノンと波長が合うと感じたのだろうか。

 初対面のとき、著者が見出した二人の共通点は、文化への傾倒である(著者はファッション、バノンは映画)。そして「社会規範の多くは美的感覚へ要約できる」という意見で一致したという。

 著者にとって、政治とファッションは「根源的な部分で」共通しており、そこに、「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)でわれわれがつくり上げるものの核心があった」という。この言葉は、とても興味深い。

 たとえばナチスは赤い腕章をつけ、KKKは白い円錐型フード、トランプ支持者はMAGA帽子をかぶる。

 これらの制服はアイデンティティーの一部になり、結果として思考形態が「これが私の信じるもの」から「これが私というもの」へと転換するのだ。過激主義者は美学にこだわる。なぜなら社会の美的価値観を変えることを主要目的にしているからだ。

 著者は、一貫して「自己」という概念に関心を抱き続けているように見える。

 彼にとって、自己とは、さまざまな属性に分類できるようである。言語や文化、地域、宗教、支持政党。どんな服を着るのか。愛車はどこのメーカーか。ひとつひとつの選択には「ほかとは違う私」と「どこかに帰属する私」が同居する。

 どの属性の人間に対して、どんなナラティブを流せば、「『自己』という概念に突然変異を起こ」せるのか。そのような取り組みについて、本書では「パースペクティサイド(視点+殺虫剤を組み合わせた造語)」用の武器を開発すると表現している。

「アイヒマン実験」のスタンレー・ミルグラムが抱いていたであろう感覚と、自分のそれを重ね合わせる場面があるが、アプローチ次第では、人間の自己など、いとも脆く消え去ると彼自身は考えていたのではないか。

渡辺裕子(わたなべゆうこ) グロービスでリーダーズ・カンファレンス「G1サミット」立上げに参画。事務局長としてプログラム企画・運営を担当。面白法人カヤックを経て、インタビューライティング、ブックライティングを中心に活動中。
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各界の読書家が「いま読むべき1冊」を紹介!—『Hon Zuki !』始まります

(堀内 勉:多摩大学大学院教授 多摩大学サステナビリティ経営研究所所長)

 この度、読書好きの同志と共に、JBpress内に新書評ページ『Hon Zuki !』を立ち上げることになりました。

 この名前を見て、ムムッと思われた方もいるでしょうが、まさにお察しの通りです。2024年9月に廃止になった『HONZ』のレビュアーだった私が、色々な出版社から、「なんで止めちゃうんですか? もったいないですよ!」と散々言われ、「確かにそうだよな」と思ったのが構想のスタートです。

 私、個人的に「読書家の会」なる謎の会を主催していて、ただ定期的に読書家が集まって方向感もなくひたすら本の話をしています。参加資格は本好きな人という以外特になくて、私がこの人の話を聞いてみたいと思える人というかなり恣意的なのですが、本サイトの基本精神もそんな感じにしたいと思っています。

 簡単に言えば、本好きという自らの嗜好に引っ張られ、書かずにはいられないという内なる衝動を文章にしたサイトというイメージです。もっと難しく言えば、カントの定言命令のように、書評を書くことを何かの手段として使うのではなくて、書評を書くことそれ自体が目的であるような、熱量の高いサイトにしたいということです。

 それでまずオリジナルメンバーとしてお声がけしたのが、『HONZ』の名物レビュアーだった仲野徹先生と『LISTEN』の発掘で一躍本の世界の中心に躍り出た篠田真貴子さんです。まあ、本好きという共通点を持ったタイプの違う3人と思って頂ければ結構です。

 ジャンルとしては、基本はノンフィクションで、新刊かどうかは問いませんが、できるだけ時事問題の参考になるものというイメージです。レビュアーの方々には、とりあえず3カ月に一回くらいは書いて下さいねとお願いしています。

 少し軌道に乗ったら、リアルでの公開講演会とかYouTube動画配信とかもやっていきたいと思っています。出版社の方々とも積極的に連携していきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。