各界の読書家が「いま読むべき1冊」を紹介する書評コーナー『Hon Zuki !』。ノンフィクションを中心に「必読」の書を紹介します。

 本書は、テクノロジー系ジャーナリストであるパーミー・オルソン氏が、AI(人工知能)に取り組む若き二人の天才の軌跡を、インサイドストーリーも含めて描き出しています。その二人の天才とは、OpenAIのサム・アルトマンとDeepMindのデミス・ハサビス。

 これだけAIが注目されている中、2024年ファイナンシャルタイムズのBest Business Book of The Yearを受賞した本書の日本語訳が、今日現在、出版されていないのは残念です。

 なお、私自身は文系人間で、科学的な知見は一切持ち合わせていません。そんな人でも十分に引き込まれる内容です。

Supremacy: AI, ChatGPT, and the Race That Will Change the World』(Parmy Olson=著、Macmillan Business)

 本のタイトルのSupremacyという単語は、 至高、優位、主権、支配権といった意味を持ちますが、これからの世界は一握りのビッグテックならびにスタートアップ企業に支配されていくかもしれない末恐ろしさが、読後に残った感覚です。

 個人的に特に読みどころと感じたのは次の4点です。
1. アルトマンとハサビスの対比
2. AIの倫理上の問題と統治形態
3. イノベーションのジレンマの典型例
4. 効果的利他主義(Effective Altruism)

アルトマンとハサビスの激しいライバル心

 サム・アルトマンとデミス・ハサビスは、AI、さらにはAGI(人工汎用知能)が世界を救済するという共通する信念を持ちながらも、そのアプローチ方法が異なり、互いに対して激しいライバル心を持ちます。

 サム・アルトマンは米国ミズーリ州出身で、起業家として頭角を現し、ベンチャー企業のアクセラレーターであるYコンビネーターを率い、シリコンバレー界隈における最有力者の一人となりました。一方、海の向こう側のロンドンでは、チェスの天才ティーンエイジャーとして名を馳せたデミス・ハサビスが、AI研究の道を究め、博士号を取得しています。

 二人とも、早くから人工汎用知能(AGI)の可能性に目を付けると同時に、AIの安全性と社会的責任についても深い懸念を有していました。AIが邪悪なものたちによって悪用されることを防ぐべく、AIを開発するだけでなく、それを保護することが自らの使命であるというメサイヤ(救済者)・コンプレックスに取り付かれていたかのようでした。

人材の奪い合いでもつばぜり合い

 最初に動いたのはハサビスで、2010年にDeepMindを設立し、同社のAIプログラムであるAlphaGoが、囲碁の試合で韓国のチャンピオンを打ち負かしたことで、世界的な注目を集めました。その5年後、アルトマンはOpenAIを非営利団体として立ち上げ、AIをすべての人にアクセス可能にすることを目指しました。

 研究者肌のアルトマンは、ノーベル賞級の画期的な開発をすることを志向する一方、アルトマンはシリコンバレーの起業家らしく、早期にリリースし、リリース後に改善というアジャイル方式をとっていました。

 両者は、人材の奪い合いでも、つばぜり合いを展開しました。また、かのイーロン・マスクがDeepMindを買収しようとして失敗した後、OpenAIの主要な支援者となった過程なども生々しく描かれています。