隅に追いやられる倫理専門家の声

 本書はルポであり、基本的に中立性・客観性を担保しようとしているものの、AIの倫理上の問題を繰り返し取り上げていることから、それに対する著者の問題意識の強さが透けてみえます。

 著者のオルソン氏は、特にAIのバイアスのリスクを極めて深刻に捉えており、AIによる人種差別やジェンダー差別の具体的事例をいくつも挙げています。また、AIが学習するデータの発信元の多くが、西洋社会、英語、男性、そして白人であることから、AIが世界に普及するとともに、そうした特定の層の考え方や価値観に世界が支配されていくリスクについて警告を発しています。

 OpenAIには、倫理問題を扱う専門家がいますが、その声がどんどんと隅に追いやられていく様子も描かれていて、日本人で女性である自分にとっては他人事ではありません。

 アルトマンもハサビスも「邪悪なものからAIを守る使命」を持っていたと述べました。当初、その邪悪なものに、「金儲けという資本主義のロジックに塗れた大企業」も含まれていて、何とか独立性を保とうとするのですが、相手より早くAGIを開発するためには莫大な資金が必要であり、結局、OpenAIはマイクロソフトの傘下に、DeepMindはグーグルの傘下にくだります。

 しかし、それでも少しでも独立性、自主性を保つべく、組織の在り方に様々な工夫を試みます。OpenAIは非営利団体でありながら、その子会社は49%をマイクロソフトが所有する営利企業であるという、特殊な統治形態はよく知られたところです。

 本が出版されたあとに、OpenAIがパブリックベネフィット・コーポレーション(公益目的会社)に移行することを検討している旨が報道されました。私の会社(ピープルフォーカス・コンサルティング)は、世界でベネフィット・コーポレーションを広めようとしているBコープ・ムーブメントの一員なので、この動きから目が離せません。