効果的利他主義という考え方の是非
最後に紹介したいのが、本書で度々言及される「効果的利他主義(Effective Altruism)」という考え方です。本書によると、この考え方は2010年代にオックスフォード大学に在籍する数名の哲学者から始まり、暗号通貨で財を成したサム・バンクマン・フリードが2022年にこの考え方を強く支持したことで、広まったそうです。
本書は、この考え方を次のように解説しています。
“従来の慈善活動のアプローチを改善するために、より功利主義的なアプローチを取るというアイデアだ。例えば、ホームレスシェルターでボランティアをする代わりに、ヘッジファンドのような高給の仕事をして多くのお金を稼ぎ、そのお金を使って複数のホームレスシェルターを建設することで、より多くの人々を助けることができる。この概念は『寄付のために稼ぐ』として知られており、できるだけ多くの慈善活動の効果を得ることを目指していた。”(p170)
もっともな意見にも聞こえますが、突き詰めると次のような考え方にも行きつきかねず、危うさを感じます。特に、私のように難民問題など国際的人道支援に片手間ながらも参画していた者としては眉を顰めてしまいます。
“効果的利他主義の最大の支援者であるOpen Philanthropyのプログラムオフィサー、ニック・ベックステッドはかつて、『豊かな国で命を救うことは、貧しい国で命を救うことよりもはるかに重要である。なぜなら、豊かな国はより多くのイノベーションを持ち、その労働者は経済的により生産的だからだ』と書いている。”(p170)
OpenAIでもDeepMindでも、功利的利他主義者が数多くいるそうです。 また、本書の14章では、この効果的利他主義に基づき、AIのバイアス問題といった今、現実に起きている目の前の問題よりも、将来的にAIが人類を破滅に追い込むリスクへの対処には巨額のお金を寄付する人たちがいることにも触れています。
効果的利他主義の学者であるデリック・パーフィットは、このように説明しているといいます。
“次の3つのシナリオを想像してみよ。A、平和が続く。B、世界の80億人のうち75億人が戦争で命を失う。そしてC、全員が死ぬ。ほとんどの人の直感では、AとBの間の差はBとCの間の差よりもはるかに大きいと感じる。しかし、パーフィットはそれが間違っていると言う。BとCの間の差は、AとBの間の差よりもはるかに重要であると。もし人類全体を絶滅させたら、すべての未来の世代をも絶滅させることになる。” (p243)
先述したとおり、著者は、AIが今引き起こしている倫理上の問題に強い危機感を感じているようであり、そうしたことには目もくれず、将来の人類の滅亡などという、“サイエンス・フィクション風の問題”(p246)を憂いている人々を疎ましく思っているようです。
いずれにしても、日本では、AIといえば「出遅れた日本はいかにして追い付くか」の類いの話しか聞きませんが、根本的哲学的問題についてもっと論じなくてよいのだろうかという疑問を抱きました。