戦時経済化が一段と進んでいる可能性も

 ここでウクライナとの戦争の動向を確認すると、停戦を仲介しようとする米国のドナルド・トランプ大統領がロシア寄りの姿勢を取ったことを追い風に、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアに有利な条件での停戦を導こうとウクライナへの攻勢を強めている。この攻勢に伴い、ロシアでは戦時経済化が一段と進んだ可能性が意識される。

 つまりロシアは、ウクライナに攻勢をかける裏で、軍需向けのモノやサービスに充てるヒト・モノ・カネといった生産要素の量を増やしていると考えられる。同時にこのことは、軍需による民需に対する圧迫が強まっている可能性を示唆する。

 もしそうならば、軍需の恩恵を受けない産業は一段と疲弊し、雇用調整を進めることになるのではないか。

 この仮説に則るなら、年後半のロシアの労働市場では、失業率の上昇や失業者の増加がより明確なトレンドとして表れることになると予想される。ロシアは好景気だから人手が足りないというバラ色の評価は、少なくとも成り立たないことになる。ここで警戒される展開は、結局のところ停戦に至らず、民需への圧迫が軽減されないことだ。

 労働市場で雇用整理の動きが徐々に顕在化してきたように、戦争の長期化によってロシアの民需はただでさえ圧迫され、軍需の恩恵にあずかれない多くの国民の生活は苦しさを増している。停戦に至らなければ、ロシアの民需はさらに圧迫されることになるだろう。そうなれば、国民の不満の矛先は自ずと政権に向かうことになる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。