安田顕が演じきった「源内の二面性」の意義

 ドラマでは、源内は久五郎がもらったタバコをキセルで吸った途端に、自分を非難する幻聴に振り回され、部屋をウロウロ。錯乱状態に陥った源内が久五郎につかみかかると、そこに依頼主である丈右衛門が現れて、源内の後頭部を強打した。

 実は丈右衛門は成りすましで、久五郎とはグルだった。2人は、源内を自害に見せかけて殺害するよう何者かから依頼されていたのである。

 昏睡状態になった源内を見て、「あとは自害に見せかけるだけにございますね」と久五郎がつぶやくが、その直後に丈右衛門は久五郎を斬りつけて、源内にその罪をなすりつけた。目を覚ました源内は、投獄されることになった。

 獄中の源内のもとにかけつけたのは、ケンカ別れした意次だ。「声が聞こえるのに、そこには誰もいない……何が夢で何が現(うつつ)なのか」と涙ながらに話す源内。

 そんな源内の手を取り、自身の頬にあてた意次は「夢ではない。源内、意次はここにおる」と源内の頭を牢越しに抱いた。号泣する源内の姿は、視聴者に大きなインパクトを与えた。

豊島区の勝林寺にある田沼意次の墓(写真:a_text/イメージマート)

 立場が違えど心を通わせた源内と意次に仲直りをさせ、なにより「源内は実は人殺しをしていなかった」という物語にしたところに、脚本家の愛を感じた。

 日本初の物産展を開催して草本学者として名を馳せたかと思えば、いきなり小説でベストセラーを連発するなど、多方面で活躍した「江戸のダ・ヴィンチ」。その派手さが注目されがちなだけに、今回の『べらぼう』で安田顕が「ひょうひょうとしたマルチクリエーター源内」と「自己評価と世間の評判とのギャップに苦しむ源内」の両方を演じきった意義は大きい。これからの源内像に影響を与えることになることだろう。

 次回は第17回「乱れ咲き往来の桜」。新作を次々に刊行して勢いに乗る蔦重は「往来物(おうらいもの)」と呼ばれる、子どもが読み書きを覚えるテキスト本に新たな可能性を見い出す。

【参考文献】
『田沼意次 その虚実』(後藤一朗著、清水書院)
『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』(藤田覚著、ミネルヴァ書房)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)
『平賀源内』(芳賀徹著、ちくま学芸文庫) 
『平賀源内 「非常の人」の生涯』(新戸雅章著、平凡社新書)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。