通い続ける居酒屋がある幸せ
昔私はテレビ番組でお世話になった。「太田さんの番組放送のあと、ドッと客が来たが、みんな真剣に味わってくれたのがうれしかった。よその番組とちがいますね」の感想がうれしい。

さあていよいよもう一枚の品書き「本日の直送」から〈長崎天然石鯛カブト焼〉だ。超特大の頭カブトは一尾に一つしかないから注文しなきゃ損。その半身の皮は焦げ、脂はほどよく溶け、身はふんわりの焼き加減のすばらしさは、何年もの女将さんの腕だ。

何もかもすばらしい。「太田さんより一つ下ですよ」と言う店主は七十八歳。ここで始めるとき大家さんから「妙な店つくるんじゃないよ」とこんこんと言われたが、でき上がると「満点です」と喜ばれたとか。私もその通り、正直に真っ当に良いものをめざしてきた集大成だ。

櫻井さんは北海道出身。札幌で海上自衛隊の人に誘われ、本土に渡れるとついてゆき、横須賀で料理班に配属され、幹部用のフランス料理で腕をみがく。そこから始まる青森、札幌、仙台の一代記は、屋台引きも、腕を見込まれた高級レストランシェフも、インスタントスープを使えという司厨士への断わり啖呵も、はたまたシャンソンレストランの経営もなどあれこれやって、江東区大島でレストランを開いていた自衛隊の恩師に再会。その方の世話で大島に居酒屋を開いた。私は二十年前にそこに入ったのが最初の縁だ。
しかしそこも倒産。魚仕入れの腕を生かし「櫻井水産」としてワンボックスカーで行商をはじめ、日本橋はずれに空き店舗をみつけ居酒屋を始めることにし、ここを六十五歳を過ぎた自分の人生の縮図にしようと店名を決め、その当て字に「酒」「喰」はすぐ決まったがその後がない。
ある時「洲」は流れる川がおのずと作る地と知り、これだと決めた。天井に投網を巡らせた店は大人気となり、壁をぶちぬいて三部屋にまでなったが、再開発で人形町水天宮に移転。そこもまた五年で再開発になり、昨年ここに来た。大島→日本橋→水天宮→人形町、私はそのどこも知っている。
痛快正直な人物と仕事に惚れ込んで通い続ける店のある幸せよ。これぞ居酒屋の究極の楽しみだ。長年の当店ファンは多く、毎年の「酒喰洲会」は今年で十六回め。櫻井さんは「太田さん、来て下さいよ」と案内状をポケットに突っ込む。
「行くとも!」返事はこれしかない。きっと得意のバンド演奏もするだろう。
「酒喰洲」
住所:東京都中央区日本橋人形町2-8-5 第5篠原ビル1F
TEL:03-3249-7386
営業時間:15時〜22時30分(入店は21時30分まで)
定休日:日曜日
(編集協力:春燈社 小西眞由美)