(太田 和彦:デザイナー・作家)
日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」
昨年五月に開店
中央線の新宿から西は、関東大震災後に作家や文化人が住み始め、阿佐谷文士村などと言われた。その先の荻窪は電車一本で都心につながり、また生活の場として書店や居酒屋もたくさんあり、長く続く名店も多い。
昨年五月に開店した居酒屋「酒と肴 ててて」は南口から沿線を新宿方向、繁華街をはずれるあたりの落ち着いた場所。大きな白暖簾、屋根を乗せた杉玉酒ばやし、小学校のような学童椅子にさりげなく置いた品書きに倒れないよう置いた小石がいい。
がらり戸を開けると一直線のカウンター、奥に小さなテーブル席ふたつ。広くない左厨房はすべて客席から見え、きちんとしていなければならない覚悟を感じる。中に立つのはまだ若いご夫婦。頭を剃りあげ、顎にちょんと髭を残したご主人は包丁。白割烹着の奥様は酒担当のようだ。
カウンターに座りまずは品書き。〈冷たいお酒〉として、春霞・ゆきの美人・まんさくの花・豊盃・秀鳳……秋田が多いな。〈燗酒〉は東北泉・田从 ・会津娘・杉錦・磐城壽に群馬泉があるのがいい。西は喜久酔・京の春・旭菊……。東北を主眼に全国の実力派をそろえたか。
肴は、赤貝とねぎのぬた・カワハギ肝ポン酢和え・柿と春菊のくるみ白和え・秋刀魚の肝醤油焼・蓮根まんじゅうカニあんかけ……手打ちそば・親子丼・塩むすびもある。正面小黒板には〈本日のお造り〉としてカツオ・アジ・ヘダイ・キンメダイ・オナガダイ。〈日本酒〉秋あがり@燗 白隠正宗(静岡)・羽前白梅(山形)。
すべて申し分なく、ここは素直に注文するのがよさそうだ。私は顔を上げた。
「お酒、白隠正宗お燗。造り三種盛りでアジ・ヘダイ・オナガダイ。それと赤貝とねぎのぬた」
初めて来たうるさそうな客が何を言うか緊張していたらしい二人は「はい!」とすぐさま仕事にとりかかった。
カウンターはなめらかな集成材、木を多用した店内は落ち着きと艶がある。客席隅に置いた棚の一升瓶数々は銘酒ばかり。カウンター上の小棚には錫のちろりいくつかに、最近私も凝っているガラス徳利が並ぶ。白割烹着の奥様は湯燗の温度を慎重にみている。
「秋田の酒が多いですね」「わたし秋田出身なんです」
へえ、色白の方と見ていたが秋田美人だった。品書きにあった〈みずの実醤油漬け〉のミズは秋田の産物だ。飾る稲穂はあきたこまちで、毎年新米と一緒に送ってくるという。私も地方出身なので、故郷とのつながりを忘れないでいるのに共感がわく。