オーストラリア東海岸の三都市を胃袋系ライターが訪れる旅は、2032年夏季オリンピック&パラリンピックの開催に沸くブリスベンから世界有数のビーチリゾートとして知られるゴールドコーストへ。そして今回はいよいよオーストラリアを代表する都市・シドニーに至る。

©Tourism Australia

ラグジュアリホテルも開業、大人も楽しい動物園『タロンガ動物園』

ゴールドコーストの空港から国内線に乗った。飛行時間は1時間30分。空港に降り立っただけで人の多さ、店や施設の充実度にこれまでの町との違いを感じる。シドニーに来たのだ。ブリスベンも十分に都会だったけれど、オーストラリア最大といわれる都市はやっぱりスケールが違うと町に出てまた思う。シドニーでのメインの行程は3つ。『タロンガ動物園』、『シドニー王立植物園』そして『シドニー・オペラハウス』だ。

『タロンガ動物園』の訪問は朝イチで予定されていた。その日の朝食も敷地内のカフェで予定されていた。今だから言えるが正直、まったくテンションが上がらなかった。近頃はライフスタイル誌も動物園の特集を組む時代だが、個人的には一切興味がなく、子ども時代の遠足以来近寄ったことがなかったからだ。

大人になって初めての動物園『タロンガ動物園』は、私が知っている(いた)それとは完全に違う場所だった。園内の何もかもがグッドデザインで、子ども向け感がまったくない。「動物園で朝食を」といわれ、売店みたいなところで何かを買って外で食べるような状況を想像していたのだけれど、案内されたレストランは、こんなイケてるスポットがなぜ動物園に! という素敵さだった。窓際に立つと、園内の森の緑と海の青の先にシドニーの市街地の美しいランドスケープが見える。高級ホテル並みの上質さ、洗練を感じる朝食はブッフェで食べ放題だった。

初めて見るコアラはかわいかった。好きなアーティストのライブに行ったときのように、「こっちを見てー」と、コアラに向かってちぎれんばかりに手を振った。ワラビーも、ディンゴも、カンガルーもキリンもかわいかったけれど、コアラは別格だった。そのままの姿でキャラとして完成されているかのようなかわいさは、そうだパンダに同じだ。とにかく1日見ていられると思った。朝の「行きたくない」という気持ちは、わずか数時間で「帰りたくない」に変わっていた。

そして帰らなくていい選択肢があることを知る。2019年、園内にホテル『Wildlife Retreat at Taronga』がオープンしていた。オーシャンビューならぬ「コアラビュー」や「カンガルービュー」ルームがある、エコでラグジュアリなホテル。次回、シドニーを訪れる機会があれば、必ず一泊はここに泊まりたい。

ホテル『Wildlife Retreat at Taronga』の建物。アニマルビュールームを狙いたい
『Wildlife Retreat at Taronga』のゲストルーム。建材から提供するサービスまで、環境への配慮が貫かれている

建物内も必見、新しい文化遺産『シドニー・オペラハウス』

『タロンガ動物園』とシドニーの中心市街地は船で行き来ができる。デッキで風に吹かれて爽快感を味わっていると『シドニー・オペラハウス』(以下、オペラハウス)がどんどん近くに見えてくる。オーストラリア最大級の都市、シドニーのシンボル、いや、オーストラリアのシンボルとさえいえる建物は、帆や貝殻の連なりを想起させる美しいデザインがあまりにも有名だ。当然、ガイドブックや観光サイトで何度も見ていたが、実際に見るとその精緻な造りとダイナミックなスケール感に、港の突端に立つロケーション込みの美しさにため息が出た。

『シドニー・オペラハウス』の夕景。ライトアップも美しい

2007年、オーストラリアで2番目の世界文化遺産に指定されているが、完成に至るまでの苦難のエピソードも有名だ。28か国からの288組が競い合ったデザインコンペティションを勝ち抜いたのはデンマーク人建築家、ヨーン・ウッツォン。が、独創的なデザインは、規格外の工期延長と予算の膨張を招き、14年に渡る建設期間に政権が変わり、ウッツォンは設計者辞任にまで追い込まれる。総工費は予算の14倍以上に膨れ上がり、資金確保のための宝くじが発売された……などなど。

ホール内観。パイプオルガンも製作に10年、調律に2年かけて完成したとか。天井の音響反射板や人間工学に基づいて設計された椅子など、すべてが美しい

シドニーに来たら美しい外観をカメラに収めるだけでなく、ぜひ館内に足を踏み入れて欲しい。日本語のガイドツアーもあり、屋根のタイルの一枚一枚や、巨大なホールの音響機能を極めた結果に生まれた精巧な内装意匠に目をこらしながら、先のエピソードを聞けば、感慨もひとしおで、ウッツォンをはじめ難事を成し遂げる人のただならぬ熱意に胸が熱くなる。いや、館内に足を踏み入れたのではまだ不十分で、コンサートやオペラを鑑賞してこそのはず、と次回のシドニー滞在の楽しみがまた一つ増えた。

内部の構造もため息ものの精巧さ。美しい

30ヘクタール見放題の植物園! アボリジナルの文化に学ぶツアーも

もう一つの目的地である『シドニー王立植物園』は、オペラハウスから歩いて行くことができる。正確にいえば10あるうちのゲートの2つ(オペラハウス・ゲート、クイーンエリザベス2世ゲート)に徒歩で簡単にアクセスでき、その先には30ヘクタールもの、数時間では歩き切れない広大な敷地が広がっている。植物園という研究機関でありながら、入園は無料(!)で、オーストラリアの固有種や世界から集められた希少な植物群が、ゾーンごとにテーマ別に展示されている中で、地元の人たちが散歩やジョギングを楽しんでいる。レストランやカフェも複数ある。

ガイド役はアボリジナルを祖先に持つスコットさん

ここではアボリジナルと自然との関わりについて学べるガイドツアーにも参加した。ゴールドコーストの『ジェルガル・アボリジナル・カルチャーセンター』でも教わったが、人を自然と対等な存在とし、森と調和しながら6000年の長きに渡り生活してきたアボリジナルの文化は、今聞いてこそ学びが多い。植物は食物であり薬であり強壮剤やサプリメントのようなものでもあり、しかし中には強い毒性があるものもある。それらを見極め、ときに解毒する方法を見出して生かす。食や薬としてのみならず、狩猟採取の道具から籠や器まで、さまざまな生活用品も植物から作られたという。ナチュラル志向だとかSDGsの教科書にしたいような生活様式とそれを支える思想や技術、知識が実ははるか昔のアボリジナルの暮らしにあって、時代は逆行できなくとも、知ることにおおいに意味があると感じた。

ツアーの締めくくりに、アボリジナルが親しんできた木の実などの試食体験も

人々の日常の暮らしこそが憧れ! 豊かさをシェアする町のあり方

旅慣れた人ほど、ガイドツアーみたいなものを避ける傾向にあるけれど、未知の領域は「入門編」に学ぶのが、その先の経験をより豊かにしてくれると知った。これは自戒にほかならず、動物園も植物園にハイキングと、日常の中で接点が少ないものを思い込みで遠ざけてはいけないというのもオーストラリアからの学びだ。飲食店も「こんな観光スポットの一等地で」と、期待せずに行った店で、何度その料理や接客の素晴らしさや、満席のゲストが醸すレストラン文化の成熟を感じさせる雰囲気に打ちのめされたことか。

シドニー現代美術館近く。レストランのテラス席がストリートにずらり

3都市を通じ、最高のビーチや広大な植物園など、町自慢の豊かな場所は誰もが無料でアクセスできるように開かれていることに感動した。ハイエンドなレストランも動物園も、子供からお年寄りまで、地域の人も旅人も分け隔てなく楽しめる雰囲気とコンテンツ力を備えている。あらゆる場所で見つけたこの”スピリチュアルバリアフリー”とでも呼ぶべき空気がもう恋しく、遠からずまたオーストラリアを旅することになるだろうと思う。 

胃袋ライターのシドニーメモ。

Ploos

オペラハウスを望むベイエリアに位置するモダンギリシャ料理レストラン。広いオープンエアのテラスが気持ちいい。料理は軽やかでクリエイティブなアクセントが光る。

生ハムとフレッシュチーズのフィンガーフード、竹炭を練り込んだフムスなど
オリジナルカクテルも豊富。甘すぎず食中にもよし

 ME-GAL

『タロンガ動物園』で朝食を食べたのがこちら(通常は宿泊者専用)。店名は先住民の言葉で「涙」で、シドニー湾の海水を意味しているのだとか。べストリーから冷菜、温菜まで種類豊富で、どれも素材の質の高さをしっかり感じるもの。この朝食のためにも絶対に泊まりたい。

ディスプレーのセンスもよく、気分があがるブッフェ
バターやチーズ、ヨーグルトなどオーストラリア産の乳製品も上質美味

 MacRae Bar

2023年に開業したホテル『カペラ シドニー』内のカクテルバー。ラグジュアリホテルのバーよろしく、ワインやシャンパーニュの銘醸品もずらり。カクテルもレベルが高くサービスも素晴らしい。

若きバーテンダーが活躍。カウンターバックが窓で、昼間から気持ちいい。オペラハウスや現代美術館にも歩いてアクセスできる好ロケーション
宿泊も『カペラ シドニー』に。落ち着いていて洗練された客室