おひとり様限定の肴
置かれた盃は温めてある。差し出された白徳利は京都「今宵堂」のもので注文して一年待ったそうだ。時期だから飲もうと思っていた秋上がりの「白隠正宗秋上がり生酛純米」は、夏を過ぎておだやかに味がのって来た感じでしみじみうまい。
届いた刺身三点盛りはとても大きく厚く切ったのが二枚ずつ。思わず「厚いですね!」と叫ぶと「そうしてます、味をわかっていただきたくて」と嬉しそうだ。はたしてその味のすばらしさ、擂りたて山葵のひりひりさ。お二人コンビの仕事にどんどん気が合っていく。
私は開店五時きっかりに一番で来たつもりなのに、カウンター奥にはすでに中高年女性二人がしっかり座り、酒も料理も並んでいる。コスパに最もうるさいのが中高年女性で、そういう方が常連であれば間違いない。次々にやって来る客はこのあたりにお住いらしき中高年の男一人ばかりで、店を見渡すこともなくじっと品書きを見て次々に手慣れて注文する。
店は忙しくなり、男はしゃべらないから店はシンとなったが、隣のおばさん二人は遠慮なくぺちゃくちゃで、静まりかえりを防いでくれる。そうかここは勤め帰りの一杯ではなく、ご近所で評判の質の高い店なんだ。
そこに来たやはり中年の女性一人は私の隣に座り、しばし品書きを眺め〈おひとり様限定酒肴盛り・1200円〉を注文。まわりの客から「ほう」と小さな声が漏れたのは、お一人様限定ゆえ皆なんとなく遠慮していた品だからだ。届いた大皿を横目に見たが、目玉料理が一口ずついいとこどりに盛られた八寸で、なるほどこれはお徳用。やられたなあ。