撮影/太田 和彦(以下同)

 (太田 和彦:デザイナー・作家)

日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」を知り尽くし、テレビなどでも活躍中の太田和彦さん。居酒屋の達人が厳選した東京の名店を紹介します。おいしい酒と肴を求めに出かけてみませんか?(JBpress)

月島の細路地裏に佇む探しにくい古民家

 今から十二年前、門前仲町にできた居酒屋「酒亭 沿露目(ぞろめ)」に初めて入った時の新鮮な驚きを忘れない。目立たぬビルに「沿露目」とだけある小さなドアを開け、三段上がった奥に八席のカウンター、後ろは壁。やや暗めの中に白い襟なしバーテンダーコートに蝶ネクタイ、頭は丸刈りの主人が立つ。

 バー風居酒屋かと思いながら、ビールの完璧な注ぎ方、逸品日本酒六〇余種を〈ライト・グッドバランス・ヘビー・ハイブリッド・エイジング・ブレンデッド〉と分け、独創的な料理数十種と合わせた何ページもの品書き。さらに盃台、蓋付き徳利、料理にあわせて変幻する皿たち。居酒屋の良さを遵守しながらさらに高めた姿勢にまさに圧倒された。

 主人・大野さんは、今はなくなった門前仲町の名居酒屋「浅七」の近所に引っ越しまでして通っていたと聞き、私も浅七こそ居酒屋の粋と常連だったので、おおいに納得した。「沿露目」が軌道にのると深川に「酒肆 一村(いっそん)」を開店。こちらもとてもわかりにくい二階で、レモンサワーを店独自に研究し、居心地も満点だった。そして昨年「酒房 蛮殻(ばんから)」を月島に開いた。

 もんじゃ焼が並ぶ西仲商店街から細裏路地に入った、ここもまた探しにくい二階建て古民家で、ホッピーの赤ちょうちんが下がる。一階は立ち飲みスタンド「酒房 蛮殻」、脇の木の階段を上がった二階が「手盃 蛮殻」。大野さんはここに立つ。

「おひさしぶり」「ああ、どうも」

 いつもの支度に刈り上げ頭でにっこり。もう風格だな。話はいろいろあれど、まず注文だ。生ビール小を脇に肴品書きをうーんと睨んでまず二品。

品書き

〈菜の花とむかごの酢みそ和え〉は、春の若緑の菜の花と、ねっとりしたむかご(自然薯のつるの実)を辛子をきかせてあわせ、時間をかけて蒸した〈いわし蒸しつみれ〉は大きな一個がほわほわと柔らかく熱く、ビールにぴったりだ。

  〈菜の花とむかごの酢みそ和え〉と〈いわし蒸しつみれ〉

 さて本番の酒は「酉与(酉偏に与)右衛門(よえもん)特別純米」のお燗。あわせた〈まぐろ漬〉は山葵醤油にかるく漬けたサクを湯通して切り、外側が紙一枚白く中は真っ赤な生。山葵とおろしを添える。これは師とあおいだ「浅七」の看板だった。

〈まぐろ漬〉

 酒を「旭菊大地」に替えた〈甘エビ鯛酒盗マリネ〉は、上品な甘エビに鯛の酒盗(塩辛)をあわせるのはやや強引かと思ったが、香り付け程度なのが酒の肴になって程よい。

 次は「悦凱陣純米」。これはぜひと決めていた〈あん肝旨煮西瓜奈良漬〉はこんもりと大きなあん肝に奈良漬(西瓜の!)を添えて絶妙。

〈甘エビ鯛酒盗マリネ〉(左)と〈あん肝旨煮西瓜奈良漬〉(右)

 さらに穴子好きとしては目をつけていた〈穴子の山椒醤油焼〉の香ばしさ。

〈穴子の山椒醤油焼〉

 酒はすべて五勺の錫ちろりで温め小徳利に移し替えて出すのは私が家でしているのと同じ。料理はすべて注文を受けてから作り、必ず手の甲にのせて味をチェック。時間のかかる品もあるが、その仕事を見ながらの一杯は期待させる。一品の量は、腹一杯にならないように少なく、ここは酒で肴をつまんで愉しむ店だ。