
(太田 和彦:デザイナー・作家)
日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」
カウンターの白木が映える初々しい店内
昨年暮、人形町に移転したと知り再訪を楽しみにしていた。粋な人形町は何度も来ているが方向音痴ゆえ、甘酒横丁を頼りに探したが見つからない。酒屋の人に聞いてたどりつくと、あの風格ある構えの老舗「喜寿司」の真向かい。東京屈指の名店揃いの町の超一等地。これはまた覚悟して構えたな、大丈夫かいの気持ちもあって玄関を開けた店内は奥に深く、机いくつかの先がカウンター。まっさらな白壁に白木が清潔に映え、若妻のような初々しさがある。これはいいな。

「太田さん、どうも」早速店主がこちらへ。「一等地に構えたね」「家賃高いっすよ」。櫻井さんとは二十年来の仲。いろいろ話したそうだがまずは新店の居心地を知ろう。その前に玄関外にある貼り紙を長いが引用。
〈口上 当店の鮮魚は全て天然国産鮮魚を使用し養殖輸入冷凍は一切使用しておりません。又調味料は自然の物を使用し、化学調味料は一切使用しておりません。又特に地方からの直送を出来るだけ多用して旬の素材を大切に致しております。料理は全て店内にて調理したものを提供致しております。当店の「わさび」は天城産本ワサビを使用しておろしたてを提供しております。香りと供に辛みさわやかさをお楽しみくださいませ。なお刺身は各々一枚から提供し、一回の御注文は一種類三枚又は三種類一枚づつでの御注文をお願いします。又天ぷらは全種類一ヶづつ注文していただけます。尚一回の注文が三ヶ毎に五拾円サービス致します。日本橋に創業して二十年、更に精心致します 酒喰洲店主敬白〉
酒喰洲(しゅくず)ファンなら先刻承知のことを、新しい場所でまずはご挨拶と、素朴な手書きで貼り出す正直さはこの店らしい。
さてゆっくりやろう。まずはグラス生ビール。そのお通し、白い釜揚げシラスをのせた〈沖繩の黒モズク〉がうまく出足好調。

さあ刺身。品書き「本日の目に云う」をじっくり読み〈北海道産天然活〆松皮かれい二枚、静岡黒むつ二枚、兵庫とり貝一枚〉の一皿盛り。

刺身一枚ずつの注文をケチと言うなかれ。その一枚は十センチもある大切りで、それは魚は丸一尾を仕入れるから刺身も大きくなる。店主が「今日のむつなんか、こんなでかいんですよ」と手をひろげた〈むつ〉のうまいこと。

選んだ酒は〈長野 和田龍 登水 純米生〉のお燗。長野出身の私は信州酒をいっぱい取り寄せているがこれは珍しい方だ。
ツイー……たまらんのう。
