店外観 撮影/太田 和彦
(太田 和彦:デザイナー・作家)
日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」
しじみの旨さに絶句
京浜急行「穴守稲荷」駅を出て左のコンビニを右折した暗い通りにぽつんと「やきとり」赤ちょうちんと「漁師の店 竹の子」の看板。店前には大きな植木や漁の道具が無造作に置かれた気どらない雰囲気だ。
「こんばんは」「おう、太田さん」
ざっくばらんなうれしい迎え。久しぶりだがこの声を待っていた。胸板厚く、腕っぷし太い鈴木さんは、なんと七代(!)続く江戸前の漁師。七代というのはかすかに憶えているおじいさんが「ワシは五代目」と言っていたから。さすれば初代は徳川時代ということだ。33年前、21歳で、自分が東京湾で漁をした魚を食べさせようと父と相談、「(ぐんぐん伸びる)竹の子」と名付けてもらった。
ほぼ毎日ひとりで羽田沖にエンジン船を出し、昨日のこれは大きかったとスマホ写真で見せるヒラメはなんと70センチ(!)もある。冬の今「スズキ」は船で跳ねこぼれ、メゴチ、カサゴ、アジ、メバル、タチウオ、エビ、カマス、アナゴ、ウナギ、マコカレイなど、何が網に揚がるかが楽しみとか。豊洲市場などは通さず、午前中に自分で捕ったその日の魚は新鮮そのもの。ここではいつも漁を聞いて注文だ。
70センチもあるヒラメ
「今日は?」「しじみ」「食べ方は?」「酒蒸し」「他には?」「タコ」「食べ方は?」「茹でて岩塩とゴマ油」「煮魚は?」「カワハギ」。
はい決まり。品書きは見る必要なし。あとは酒。「八海山」の熱燗でいこう。他に「松竹梅辛口」、 「さつま白波」「黒霧島」「れんと」など焼酎も。酒にこだわりはなさそうなのが、かえって漁師の日常感がしていい。
机を並べただけの変哲もない店内ながら、壁は常連のサインや記念写真がいっぱいだ。勝手に額に入れて持ってきたらしきのもある。
常連のサインや記念写真
天井には「弘誠丸 贈・竹の子」の大漁旗も。
天井の大漁旗
届いた〈しじみ酒蒸し〉は辛口日本酒と出汁で煮ただけながら、その旨さに絶句。あるとき初めての客に勧めると「宍道湖から来たオレに」とせせら笑ったが、口にして「負けました」と頭を下げたとか。
その粒の大きさよ! 宍道湖しじみは等級S・M・Lがあり、殻高14ミリ以上がLだが、はるかにそれより大きく、もちろんそのぶん身も特大で、一粒一粒を噛みしめられ、しじみ出汁のきいた濃厚なおつゆは酒の肴に最高。これぞしじみのエキスと一滴も残せない。
〈しじみ酒蒸し〉
玄関外に置いてある長い棹つきの大きな金網はしじみ採り籠で、腰ベルトで引きつけながら浅い海底をさらう。以前真似させてもらったが「もっと腰で引いて」とへっぴり腰を笑われた。
店前に置かれたしじみ採り籠



