巽櫓(桜田二重櫓) 

 和田倉公園前から皇居外苑あたりのお濠端を歩いていると、いやでも目立つ巽櫓は、「皇居」として皆さんにもおなじみの光景だろう。「あ、あの櫓ね」で片付けられてしまいそうな、一見ありふれた櫓だし、見学も堀端から外観のみ。

写真6:お濠端から見た巽櫓。背後は丸の内のビル街

 でもこの巽(たつみ)櫓、実は何かと面白いのだ。もしあなたが関東か近県の在住で、城郭建築に興味があるなら、まずは巽櫓をじっくり観察しなさい、勉強になるから、といいたいくらいである。

 まず、富士見櫓の項で説明したように、隅櫓とは防護壁に囲まれて鉄炮を撃ちまくる「強化火点」である。巽櫓の場合も、一重目の西側中央が出窓になっていのは別にオシャレ装備ではなく、石落としだ。石落としは、その名前ゆえに石を落とす場所と思われがちで、まあ別に石を落としてもよいのだけれど、実際は櫓に取り付こうとする敵を鉄炮で撃ち払うための銃座である。その証拠に、石落としの側面にも、ちゃんと狭間が開いている。

写真7:斜め方向から見た巽櫓。出窓のような石落としの側面に狭間があるのがわかる

 石落としというと、櫓や天守の角に袋状に張り出したタイプを思い浮かべる人が多いが、江戸城や大坂城・二条城などでは出窓タイプを採用している。天下普請で築いた名古屋城も出窓タイプだから、徳川軍は出窓タイプの方が俯射用銃座としては有効、と考えていたのだろう。

写真8:真正面から見た巽櫓。切妻破風の軒飾りや窓のフォーメーションに注意

 よく見ると、出窓部分の窓のレイアウトが「中央揃え」ではなく、「左寄せ」になっている。これは一つには、柱の位置を避けて窓を開口したためでもあるが、柱を避けるだけなら中央揃えでも右寄せでもよいはずだ。そこをあえて左寄せにしたのは、南東側=城外から城に向かってくる動線を意識して、美観を整えるためであろう。

 また、ほとんどの人は気付かずに通り過ぎるが、櫓側面(堀側)の窓も、一重目は1−2−2、二重目は2−2のフォーメーションで、一重目とは互い違いになる位置にレイアウトしている。全体として、「斜め45度から見てね」というデザインなのだ。

写真9:真横から見た巽櫓。銅板製の破風板や窓のレイアウトに注意

 石落とし上に付けられた切妻破風の軒回りや、側面上部の破風板に銅板を用いている点も見逃せない。しかも破風板には、凝った文様まで施されている。こんな金のかかるオシャレをしている城は、他にない。

伏見二重櫓と続多聞櫓  

写真10:伏見二重櫓。基本デザインは巽櫓と同じだが窓のレイアウトや破風が異なっている

 西の丸の西端に位置する二重の隅櫓と続多聞櫓は、眼鏡橋(俗称二重橋)の手前からよく見えるので、皇居を象徴する景観としてよく知られている。実際は伏見櫓の向こう側にもう一棟の続多聞櫓があって、全体でL字型をなしているのだが、皇居敷地内なので見ることはできない。

 あらためて伏見櫓を見ると、基本デザインは巽櫓と共通していることがわかる。ただ、正面の石落としの上が、巽櫓では切妻破風なのに対して、伏見櫓では千鳥破風となっている。柱を避けた窓のレイアウトも違っている。基本デザインは統一感を持たせながら、細部に変化を付けることで一棟一棟の個性をちゃんと演出しているのだ。

写真11:大坂城の一番櫓。江戸城巽櫓や伏見櫓と基本デザインは共通するが、こちらの方が武骨に見える
写真12:二条城の東南隅櫓。基本デザインはやはり同じだが、なぜか「はんなり」した印象

 なお、正面に出窓タイプの石落としを設けた端正な二重櫓は、大坂城や二条城とも共通する。いわば、徳川軍標準仕様であるが、中でも江戸城は軒回りに銅板を用い、破風板にも凝った文様を施すなど差別化を図っている。さすがは、将軍様の御城である。 

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