「日本は1年間に受け入れる移民の数を今の5倍に増やす必要がある」

──報告書の中で日本が「異例」であるとの表現が出てきます。「先進国の中で日本は唯一、平均寿命が出生率と同程度のインパクトを持っている。この変則パターンにはふたつの要因がある。第一に日本は1960年に既に1.98という低出生率だった(たとえば、当時のイギリスは2.7)こと。第二に、65歳の平均余命が他の国よりも大きく延びた(イギリスが6年なのに対し9年延びた)ことがある」。他にも日本が違っているところはありますか?

Madgavkar:日本は高齢化を先取りしています。現役世代2人が高齢者1人を支えるという現在の「支援率2」は世界で最も低い値です。国連推計によれば、これは2050年には1.4(つまり現役世代1.4人が高齢者1人を支える)まで落ちるとされています。

 このため日本の労働市場では興味深いパターンが見て取れます。多くの先進国では労働時間と労働市場への参加が定年前の50歳前後に大きく下がるのですが、日本ではこの現象が顕著ではありません。この25年間、日本の高齢者の平均労働時間は大きく伸びています。

報告書を執筆したAnu Madgavkar(アヌ・マドガフカー)氏報告書を執筆したAnu Madgavkar(アヌ・マドガフカー)氏

──少子高齢化が進むこと自体は自覚してきた日本ですが、困ったら外国からの労働者に頼ればいいと安易に考えてきたところがあります。でも、この報告書によると世界の労働人口は急速に減ることになり、移民労働者の奪い合いが起きるのではないでしょうか?

Madgavkar:アフリカやアジアの一部の地域では若い労働者はしばらく増えるので、理屈の上では日本が移民として迎えることは可能でしょう。確かに移民労働者は労働者不足の穴の一部を埋めることはできます。

 でも、移民だけでは問題は解決しません。私たちの研究によると、日本が高齢化によって起きる問題を移民で解決するには、1年間に受け入れる移民の数を今の5倍に増やす必要があります。

 しかも、労働力を必要とする職場と外国からの労働者がうまく効果的にマッチするには、さまざまな努力が必要です。効果的な移民受け入れは、「スイッチ」のように入れたり切ったりできるものではなく、注意深い計画に基づくものでなくてはいけません。

──少し角度の違う質問ですが、人口減少によって環境への負荷が減って地球の持続性が高まるというようなことは考えられますか?

Madgavkar:人口過多が地球資源に負担をかけることは間違いありませんが、一方で現在の出生率低下が続けば、それはそれでサステナビリティには問題だと考えます。

 これにはふたつの理由があります。ひとつは人口減少が始まる前に高齢化が進むこと。先進国で大規模な人口崩壊が起きるのは2050年以降ですが、先進国はそれ以前に地球温暖化ガスの排出をゼロにする約束です。つまり地球への負荷軽減という意味では、最も必要な時に人口減少は間に合いません。

 第二に、気候変動と資源枯渇の問題に適応するためには技術革新が必要で、そのためには経済の成長が不可欠です。国連の持続可能な開発目標を達成するためには成長が必要なのです。

Anu Madgavkar(アヌ・マドガフカー)
マッキンゼー・グローバル研究所(MGI)パートナー。インド・ムンバイを拠点にマッキンゼーで主に金融機関をクライアントとしたコンサルティングを行なったあと、MGIに移り、労働市場や仕事の未来などグローバルな研究を行なっている。

草生 亜紀子(くさおい・あきこ)
ライター、翻訳者。産経新聞、ジャパン・タイムズ、新潮社などを経て独立。文筆業と並行して、NGOピースウィンズ・ジャパンでウクライナ支援などの仕事にも携わる。著書に『理想の小学校を探して』『逃げても、逃げてもシェイクスピア 翻訳家・松岡和子の仕事』。中川亜紀子名での訳書に『ふたりママの家で』がある。