仕事とコミュニケーションが足りない

小野さん:最初はみんなニュースを毎日見ていましたが、今はあまり見なくなりました。心が痛い、胸が痛いと言います。皆親戚や友人のことを心配しているし、私もよくわかります。

カフェの人気メニュー「ピロシキ」。鶏肉や野菜などを包んだパンだ。駅前などでも販売している(写真:筆者撮影)

——いま避難民の人たちが一番困っていることはどんなことですか?

小野さん:やはり仕事と、コミュニケーションが足りないことですね。日本人と触れ合いたくてもその時間が少ないです。近くに住んでいるので、ウクライナ人同士でコミュニケーションし、日本の人たちとの触れ合いが少ないです。言葉や、文化の壁があります。

——小野さんは戦争前から日本に暮らしていましたが、両親も含め、ウクライナに戻りたいという気持ちはありますか?

小野さん:私は戦争前から日本に住んでいました。ここが私の家族の地です。そして、可能な限りウクライナに帰国して親戚に会っていました。

 私は日本とウクライナ、両方を故郷だと考えています。両親はウクライナに戻りたいと思っており、私たちはウクライナでも活動を続けるためのプロジェクトを作成しています。

ビーツを使った酸味のあるスープ「ボルシチ」。ロシア料理としても提供されるが、元々はウクライナ発祥とされる(写真:筆者撮影)

——トランプ氏の大統領再選により、ウクライナ情勢はますますどうなるかわからず不安ではありませんか?ウクライナに親戚や友人もいると思いますが、今どんな気持ちですか?

小野さん:トランプ大統領が再び就任したことで、ウクライナの戦争はさらに複雑になると感じています。多くのウクライナ人が1991年のソ連崩壊時の領土に戻りたいと考えており、そのための戦いを続けています。

 私たちはもちろん、親戚や友人が心配です。私の従兄弟(38)は戦争に参加しており、彼の消息は分かりません。

 私たちはここで戦争が早く終わることを祈り、ウクライナの復興に全力を尽くすつもりです。別府に移住した避難民の家族は、子供たちが学校や大学に通っているので、ここに留まる可能性が高いです。

 ウクライナでは多くの人々が家を失っているため、私たちはここでウクライナのセンターを作り、スキルを活かして働く場所を提供し、地域住民にウクライナの伝統を伝えられる場を作りたいと考えています。

——日本は従来、積極的な難民受け入れをしていませんでしたが、今回の戦争では比較的早くウクライナ避難民の受け入れを決めたと感じています。日本の支援の良いところと、そして改善してほしいと感じることはありますか?