マスク氏に続きバンス氏も極右の援軍に

 ミュンヘン安全保障会議に出席したバンス氏は20分余りの演説の中でこの襲撃に触れ、移民の大量移住に対峙することこそ急務だと力説した。前日にミュンヘンで起きた襲撃は、まさにこの10年の欧州やその他地域の移民政策によるものだと、寛容な移民政策を主導した政治家らを糾弾した。ミュンヘンの美しい冬の日が難民申請者により悲劇に変わるような光景は、欧州でも米国でも何度も繰り返されているとした。

 その上、SNS上の憎悪扇動を「『いわゆる』ヘイトスピーチ」と揶揄し、ヘイトスピーチや偽情報などを厳格に取り締まる欧州では民主主義の後退が起きているという趣旨の批判を行った。人々の声を取り締まることで守っているのは一体何かと、あたかもSNS規制により欧州が自ら民主主義を破壊しているかのような持論を展開した。

独ミュンヘンで起きた襲撃事件。群衆に車が突入した(写真:ロイター/アフロ)

 バンス副大統領は昨年の米大統領選において、ハイチ系移民が他人のペットの猫などを食べているといった偽情報を、Xやさまざまな場でトランプ大統領と共に執拗に連呼した。挙げ句の果てには生中継のインタビュー中、移民問題に市民の関心を高めるためなら「嘘も方便」ともとれる発言までしている。

 バンス氏らの偽情報発信によって、移民によるペット喰いが横行すると名指しされたオハイオ州の街では爆破予告などが起きた。バンス氏こそがハイチ系住民を恐怖のどん底に突き落とした張本人だったと言っても過言ではないだろう。

 バンス氏の演説を聞かされていた欧州の要人らが眉をしかめつつ、一斉に「お前が言うか」とその場で総ツッコミを入れなかったのは、成熟した大人の欧州人気質ならではとでも言える。さぞや「貴殿のような人物がいるからこそ、規制が必要なのだ」とも感じたことだろう。

 バンス氏はまた、昨年末以来あからさまにAfDへの支持を訴える富豪のイーロン・マスク氏にも言及した。欧州では、自身が所有するXでAfDのヴァイデル共同党首と対談するなどしているマスク氏に対し、Xを駆使して独総選挙に介入するのではといった警戒感が広がっている。

 そのマスク氏について、バンス氏は環境活動家のグレタ・トゥーンベリ氏を引き合い出し、「米国の民主主義がグレタ・トゥーンベリからの叱責に10年も耐えられたのだから、あなた方も数カ月くらいイーロン・マスクに耐えられるだろう」という、珍妙な理屈も披露している。

 ミュンヘンで開催されたのは安全保障会議であり、バンス氏が演説の冒頭で認めているように、本来ロシアや中国などの対外的な脅威について話し合う場であったはずだ。しかしバンス氏の演説の大半は、さながら独総選挙に向けたAfDへの間接的な応援演説であった。AfDはマスク氏のみならず、バンス副大統領からの強力な援護射撃を受けたと見ても良いだろう。

 しかし、一見荒唐無稽に見えるバンス副大統領の言い分には、多少のリアリティがあるとも言える。そして、総選挙を控えたドイツの有権者の一部に大いに刺さる可能性がある。