気候変動危機に見いだした希望
前述したように、木材の需要低迷や長期的な価格下落の影響で、林業は業として成り立たなくなっている。尾鷲の場合、1ヘクタールのヒノキを切り出すと、120万円の赤字になる。その状況で木を切ろうと思う人間はいない。その山にお金が入るようになれば、木材価格は上がらないにしても森の管理は可能になる。
その仕組みとしてLC尾鷲が着目したもの、それがJ-クレジットである。
J-クレジットとは、省エネ設備や再生可能エネルギーの導入によるCO2削減や、適切な森林管理によるCO2吸収量をクレジットとして認証する制度。このクレジットを企業や個人に販売し、その収益を山の管理に充てることにしたのだ。
現に、尾鷲市では2022年5月に申請に向けた作業に着手しており、2025年3月には1100トンのクレジットが認証される予定だ。尾鷲市は市有林2000ヘクタール分の申請をしており、今後、認証される森の面積は増えていく。2027年度以降は6500トンのクレジットが認証される見込みだ。
J-クレジットの認証対象期間は8年間のため、2033年3月までクレジットを販売できる。クレジットの価格は変動するが、1トン1万円と仮定すれば、毎年6500万円のクレジット売却益が入ることになる。
第二次トランプ政権の発足によって米国の気候変動対策は後退するだろうが、グローバルで気候変動に伴う被害が増えている以上、いずれ揺り戻しがくる。
このように、生物多様性の回復とカーボンクレジットを軸に森の再生を進める尾鷲市とLC尾鷲だが、初めから今のかたちだったわけではない。
尾鷲市が「みんなの森」の整備など現在のプロジェクトを始めたのは、尾鷲市役所の芝山有朋が水産農林課の課長になった4年ほど前、林が率いるNext Commons Lab(NCL)との出会いがきっかけだった。(続く)
篠原 匡(しのはら・ただし)
編集者、ジャーナリスト、蛙企画代表取締役
1999年慶応大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月に独立。著書に、『人生は選べる ハッシャダイソーシャルの1500日』(朝日新聞出版)、『神山 地域再生の教科書』(ダイヤモンド社)、『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)など。『誰も断らない 神奈川県座間市生活援護課』で生協総研賞、『神山 地域再生の教科書』で不動産協会賞を受賞。