
「生物多様性の回復」をフックに、カーボンクレジットと企業版ふるさと納税で森作りの資金を集める三重県尾鷲市の「みんなの森」。なぜこのような仕組みが生まれたのだろうか。現在進行形で進む生物多様性回復プロジェクトを追う。(篠原匡:編集者・ジャーナリスト)
◎第1話:荒れた人工林を復活させる!三重県尾鷲市「みんなの森」で進行中の生物多様性回復プロジェクトとは?
◎第2話:キーワードは「生物多様性」、ヒノキを売れば売るほど大赤字の山に資金を呼び込む「みんなの森」の仕組み
生物多様性の回復とカーボンクレジットを軸に森の再生を進める尾鷲市とLocal Coop 尾鷲(LC尾鷲)だが、初めから今のかたちだったわけではない。
尾鷲市が「みんなの森」の整備など現在のプロジェクトを始めたのは、尾鷲市水産農林課の課長、芝山有朋が水産農林課の課長になった4年ほど前、林が率いるNext Commons Lab(NCL)との出会いがきっかけだ。
たまたまNCLの存在を知った芝山がオンラインのセミナーに参加したところ、林の唱える住民自治やローカルコモンズの再生という言葉が胸に響いた。芝山自身、役場の職員として尾鷲の衰退に忸怩たる思いを感じていたからだ。

大学卒業後、尾鷲市役所に入った芝山は尾鷲の活性化に力を注いだ。事実、20代のころの芝山は「大切なのはこれからの10年だ」と考えて尾鷲のために汗をかいてきたが、課長になり、それまでの30年を振り返ると、人口から経済情勢まですべてが右肩下がりになっていた。2024年には、消滅可能性自治体に認定されている。
少子化と高齢化、そして都市への人口流出というマクロの変化は、役所の担当者一人でどうこうなる問題ではないが、衰退する尾鷲の現状を前に、己の無力感にさいなまれた。
既に50代に突入した柴山にとって、残された役所での時間は10年もない。その残された時間で何ができるのか。その現実に、いよいよ直面することになったのだ。
「僕は自治体の職員として、自分で汗をかいて動かないといけないという気持ちを強く持っていました。でも、地域は人もカネもなくなっていくんですよね。それを考えると、自分たちですべてやるのはもう無理だな、と。林さんの話を聞いていて、僕はそう受け止めました」。そう芝山は振り返る。
一方で、林の話に希望も感じていた。気候変動が地球規模の課題になっている今、CO2吸収源としての森林は再評価されている。市の面積の92%を森林が占める尾鷲も、今は高齢化と人口減少で衰退の一途を辿っているが、新しい時代には、そのポジショニングが変わるかもしれない。
もっとも、林が語る住民自治も気候変動に伴う森の再評価も、話があまりに大きすぎて、水産農林課の課長としてできることはほとんどない。ただ、林業や水産業は尾鷲市にとって極めて重要な産業だ。その範囲であれば、課長の自分にできることはある。
そこで、NCLが主宰する「Sustainable Inovation Lab(SIL)」に、自治体側のメンバーとして参加することにした。