本部町備瀬のフクギ並木(写真:鵜飼秀徳)
(鵜飼秀徳:僧侶・ジャーナリスト)
沖縄の精神文化を支えてきた「ノロ(祝女)」が、絶滅の危機に瀕している。ノロは琉球王国時代から続く女性祭司だ。明治に入って公的なノロ制度(公儀ノロ)は姿を消したが、地域の祭祀を司り、豊作や無病息災を祈願する存在として細々と受け継がれている。
現在、沖縄本島におけるノロの数はわずか数人程度とみられるが、その実態はつかめていない。祭祀の継承者問題の背景には、地域社会の人口減少、高齢化がある。ノロ文化がかろうじて息づく沖縄本島中西部の本部町に入り、取材した。
珊瑚礁の海が広がり、フクギの並木が続く。本部町は、いかにも沖縄らしい風情をつくる人気の景勝地である。年間350万人もの入場客数を誇る「沖縄美ら海水族館」や、2025(令和7)年6月に鳴り物入りで開業したテーマパーク「JUNGLIA(ジャングリア)」にも近い。地域は活性化しているように思えるが、町の人口は減少の一途を辿る。
戦後の1950(昭和25)年に、町の人口は2万7500人のピークを迎えた。だが、現在では半減以下の1万2700人ほど。2050(令和32)年には1万人を割り込むと推定される。高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は32.9%(2020年)で、全国の28.6%と比べて4.3ポイントほど高い。
人口減少と高齢化に伴う地域共同体の疲弊が、ノロ文化の弱体化を加速させている。
本部町は15の行政区で構成されている。現在、ノロが活動しているのは渡久地、谷茶辺名地、浜元、瀬底、備瀬の5行政区。ノロ文化が色濃く残る地域は、沖縄全体を見渡しても、ここ本部町くらいだ。かつて、沖縄全域にノロが存在したと言われているが、本部町や沖縄北部の一部地域を除いて、ノロ文化はほぼ途絶えつつある。
本部町では琉球王朝時代より、「神人(カミンチュ)」と呼ばれる神職を置き、ムラの祭祀を受け継いできた。ノロは神人の中で最高祭司にあたる。
昭和初期の頃のノロ(写真:Public domain, via Wikimedia Commons)
ノロの歴史は、琉球王朝の第二尚氏の3代目国王、尚真(1465〜1527年)の時代にまで遡る。
