70人のバケツリレーでたまった泥を運び上げた
そして、「みんなの森」の最後のポイントは中腹にある湿地帯である。
森がある頂山の頂上付近から水の流れに沿って下っていくと、池のような場所に出る。もともとは土の中を流れていた水が染み出す沼のような場所だった。坂田によれば、常に水がたまり、ヘドロのような泥でぐちゃぐちゃな状態だった。
そういう場所だったため、湿地環境として再生することにした。かき出した泥をバケツリレーで運ぶと同時に、水の湧き出し口を確保するため、池の周囲には石を積み、シガラを組むことで補強した。
およそ70人のバケツリレーで運び上げた泥は健康な土に戻すため、横木とシガラで組んだスペースに運び、落ち葉と重ねていった。




先述したように、生き物の中には速い流れを好むものもいれば、淀みを好むものもいる。最終的に水の溜まりができたことで、水辺環境を好むアカハライモリが棲み着くようになった。
尾鷲市全体の森林面積を考えれば、手を入れた場所はごくわずかで、広大な山の中の点に過ぎない。それでも、適切に手を入れれば、山はいつだって健康な状態に戻る。それを強く感じる出来事があった。
昨年8月下旬、尾鷲市役所の芝山が「みんなの森」の様子を見に行ったときのことだ。昨年の夏は猛暑で、7月中頃から8月のお盆明けまで全くと言っていいほど雨が降らなかった。
ところが、およそ30日後のお盆明けの平日、芝山が「みんなの森」に行くと、作業道の下の斜面では、絶えることなく水がこんこんと湧き出していた。それだけ、山が水を蓄えているということだ。
「山の保水力とワークショップの意味を改めて再確認しました」。そう芝山は振り返る。
尾鷲市は年間4000ミリ超の降水量を誇る日本有数の多雨地域だが、今のところ尾鷲市では雨による大規模な災害は起きていない。だが、それも現状での話。気候変動によって気象現象のボラティリティは増しており、いつ山のキャパシティを超えないとも限らない。そのためにも、山をふかふかの状態に保っておく必要がある。
所有者不明の森林が増えているというハードルはあるが、「『みんなの森』をモデルに、生物多様性のある森づくりをできる限り進めていく」と芝山は語る。
前のところで触れたように、尾鷲市と「みんなの森」プロジェクトを進めているのはLocal Coop 尾鷲である。
Local Coopとは、自治体の役割を補完するという目的の下、Next Commons Lab(NCL)の代表理事を務める林篤志が中心となって生み出した概念でありプロジェクト。住民自身による自治をベースに、地域やコミュニティを再設計しようとする取り組みだ。
公共サービスは自治体が担ってきたが、人口減少社会に突入した今、自治体だけでは手が回らなくなりつつある。住民が主体的に参加する場を作り、地域の課題解決や自分たちの暮らしの改善につなげる。そんな行政を補完するためのプラットフォームと位置付けられている。
もっとも、この行政のサブシステムという機能は、Local Coopの一面を表しているに過ぎない。(続く)
篠原 匡(しのはら・ただし)
編集者、ジャーナリスト、蛙企画代表取締役
1999年慶応大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月に独立。著書に、『人生は選べる ハッシャダイソーシャルの1500日』(朝日新聞出版)、『神山 地域再生の教科書』(ダイヤモンド社)、『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)など。『誰も断らない 神奈川県座間市生活援護課』で生協総研賞、『神山 地域再生の教科書』で不動産協会賞を受賞。