「みんなの森」で始まった前代未聞の挑戦

「みんなの森」は、尾鷲市九鬼(くき)町にある広さ17ヘクタールの市有林だ。森の中には「尾鷲」の名前を全国に知らしめた、樹齢60年を超える尾鷲ヒノキやスギが密集している。

 市の面積の92%が森に覆われている尾鷲市は、過去には尾鷲ヒノキを軸とした林業で繁栄した。だが、高級木材として名高い尾鷲ヒノキであっても木材価格の低迷にはあらがえず、1ヘクタールの木材を切り出すと120万円の赤字になる。そのため、間伐など適切な管理がされず、放置される森が増えている。

 シガラを組み始める前の「みんなの森」も、同じような状況だった。

 作業道整備や雨の影響で沢は泥で埋まっており、森の斜面には、切りっぱなしで放置された間伐材が無秩序に転がっていた。植物もシダの一種であるウラジロこそ生えていたものの、他の植生はほとんどなく、生き物の存在も全くと言っていいほど見えなかった。

 そんな森を蘇らせるため、尾鷲市はLocal Coop 尾鷲(LC尾鷲)とともに、生物多様性を取り戻す里山再生プロジェクトを進めている。

 特に、2023年12月からは生物多様性や自然環境保全の専門家として知られる坂田昌子を招き、里山再生のワークショップを定期的に開催している。ワークショップに訪れた人は、この1年間でのべ700人を超える。

ワークショップの参加者に説明する坂田昌子ワークショップの参加者に説明する坂田昌子

 LC尾鷲は、以前の記事「2100年の人口は6300万人!人が消える地方で公共サービスはどこまで持続可能か?」で書いたLocal Coop 大和高原(LC大和高原)と同様に、Next Commons Lab(NCL)が中心となって立ち上げた一般社団法人だ。

 人口減少社会に突入した今、自治体がこれまでのようなきめ細かな行政サービスを提供することは難しい。そこで、自治体の役割を補完するために作られたのが、地域住民が主体となって公共サービスや課題解決に当たるLocal Coopである。

 一方、ワークショップを担当する坂田は、日本各地で森の再生に取り組むスペシャリストで、「裏高尾」で生態系の回復に取り組む一般社団法人コモンフォレスト・ジャパンの理事を務める。生物多様性を育む土木造作に対する評価は高く、日々、ワークショップのために日本中を飛び回っている。

 先ほど触れたように、Local Coopの目的は共助を通して地域の持続可能性を高めること。実際、第1回から第3回で書いたLC大和高原は、自治体の公共サービスを代替すべく動いている。それに対して、LC尾鷲は同じ共助でも、対象としているのは公共サービスではなく、森や海というローカルコモンズ(地域の共通資本)である。

 これからおいおい書いていくが、LC尾鷲は生物多様性の回復を呼び水に、「みんなの森」に企業や個人の資金を呼び込もうとしている。そうして集まった資金で山を整備し、さらなる付加価値を生み出すことが狙いだ。いわば、打ち捨てられた森の“マネタイズ”である。

 その話に入る前に、尾鷲の森で進む生物多様性の回復から見ていこう。