スイスの貿易収支が黒字を維持している要因

 これまでの円相場の分析でも論じてきたように、やはり金利ではなく需給の面から議論する必要がある。

 図表③は過去50年以上にわたる両国の貿易収支を比較したものだ。スイスの貿易収支は2000年代初頭に黒字転化し、金融危機以降から今に至るまで、拡大基調に入っている。これに対し、日本の貿易収支は東日本大震災の影響もあって金融危機の影響が終息しようとする2011年以降に赤字転化している。

【図表③】


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 何度も論じてきたように、2011~12年頃、円は歴史的な分岐点を通過したというのが筆者の仮説であり、これはスイスフランとの対比で見るとやはり鮮明である。

 スイスの貿易収支が、なぜ不況や通貨高に振らされることなく黒字拡大基調を保つことができたのかは別の機会に議論を譲るが、同国が得意とする医薬品や時計は高付加価値財の代名詞のような品目であり、通貨高があっても価格転嫁が容易だったという推測はできる。

 実際、非伝統的な金融政策が展開される中で金融危機後、世界的にあらゆる資産価格が騰勢を強めてきたが、スイスの得意とする高級腕時計の値上がり幅もしばしば注目されてきたはずである。

 過去3年弱、筆者はドル/円相場の分析をするにあたって、金利差ばかりに執着するのではなく需給構造に目を向けるべきだと執拗に繰り返してきた。

 政策金利水準がほとんど変わらないにもかかわらず、極めて大きな差がついているスイスフランと円のパフォーマンスを見れば、結局は、国として外貨を継続的に稼ぐことができる能力、端的には貿易収支やそれを包含する経常収支が通貨の強さに直結しているということは理解してもらえるのではないか。

 金利差の拡大と縮小で為替動向を解説しようとするのは単なるモメンタムフォローであり、より地に足がついた分析が一段と求められるようになっているのが今の円相場の置かれた状況に思える。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年12月23日時点の分析です

唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。