清潔合理的な店内
ここからは一品注文。一杯やりながら品書きをにらみ、すでに候補は決めてある。
十席ほどのカウンターは中高年の男一人客が多く、皆、黙って箸に集中しているのは、ぶらりと一杯やりに来たのではなく、ここの仕事の質の高さを熟知して通う常連たちか。てきぱき働く主人は手伝う女性二人に「それは時間二分」「こっちが先」と指示し、その仕事ぶりを見るのがまた客の楽しみになっている。
白木を最大限に生かした店内は清潔合理的で、天井から下がる笠電灯の間に金色の大やかんをぶら下げているのがじつにいい。正面上の品書き大黒板端に美しい字で書かれた時々変わる豆知識の今日は「鯛の小話 なぜめでたい席で鯛が使われるのか。それは鯛は番いとなったら一生同じ相手と同じ場所で過ごす習性がある為、それにあやかったと言われています」。
さて、〈鰆の刺身(千葉)〉は、酢じめした腹身と、皮焙りで焦げ香をつけた背身の相盛りが豪華。これは逸品かもと期待した〈かつおのハラスうに和え〉は、刺身をウニで和える贅沢品で、仕上げに新潟・小林商店製という一年寝かせた醸造醤油をひとたらし回して香りづけ。しょっぱ過ぎずこってりと旨みたっぷり、最後に鼻に抜ける香りも余韻となり、よく考えた一品だ。
隣の男客の「何かおすすめの日本酒を」で出された一升瓶〈百百(ふたももち)〉は、山口県中島屋酒造が創業二百年を記念したもので、「それ僕も」と頼んだお燗はきりりと格調ある端正な辛口で記念酒にふさわしい。お燗の女性に「何度?」と聞くと「六十度です」。うーむやるのう。重量感のある酒はぐっと温度を上げておき、次第に飲み頃になってゆくのを知っている。