およそ四十年も前、銀座に勤めていた私が思いつきで入った月島の「岸田屋」で居酒屋の魅力を知り、以降そういう本を何十冊も書くようになった月島は、私にとって居酒屋の聖地だ。今日も岸田屋の外には待つ人のための椅子が並び、昔のままのコの字カウンターは満員だ。その左路地から道一本抜けた右がこのところ通っている居酒屋「食堂 ユの木」だ。「いらっしゃい、どうぞこちらへ」 予約して箸を置かれていたのはL字カウンター一番奥、主人の仕事場のすぐ前。 当店最大の名物が小盆に小鉢六品の〈本日の突出し〉。これがあるから注文はあわてず酒だけ頼んで待てばよい。ビールは小瓶が〈キリンクラシックラガー〉、中瓶が〈サッポロ赤星〉。