出家した道長に藤原実資がなお政治力を持たせようとしたワケ

 寛仁3(1019)年3月21日、道長が出家する。『小右記』では、実資が道長のもとに駆け付けたところ、すでに出家した後だったという。

 実資は道長の姿を見て「容顔、老僧のごとし」(容顔は老僧のようであった)と感想を日記に記しながら、道長に対してこんな提案をしたという。

「一月に五、六度、竜顔を見奉るべし」
(1カ月に5~6度は、後一条天皇のお顔を見られますように)

 実資が道長にまだ政治力を持たせようとしたのは、後継者である摂政の頼通がまだ頼りなかったからだろう。今回の放送では、頼通がオタオタする場面も随所に描かれていた。

 道長が出家する少し前の同年1月5日には、道長のもとに頼通の使者がやってきた。なんでも、叙位の議を行おうとしたのに、藤原顕光(あきみつ)と藤原公季(きんすえ)の両大臣が理由をつけて、内裏に来なかったのだという。

「いかがいたしましょう」という頼通からのおうかがいに、道長は「叙位を停止すべきではない。大納言を召して、叙位の議を行うべきである」と主張している。ドラマでもこの通りの展開が描かれたが、道長が元気なうちに頼通がしっかりとしたリーダーになることはできるのだろうか。