バイデン政権の駆け込みの制裁強化も無力か

 米バイデン政権は今年2月、こうした暴力行為を引き起こしてきたユダヤ人入植者に対し制裁を科す大統領令を発令した。米国と近い関係にあるイスラエルに対し、異例の措置とされた。

 トランプ氏が大統領に選出された後の11月18日にもこの大統領令に基づき、暴力や破壊行為、また、違法な入植地開発に及んだ団体や個人に新たな制裁を科すと発表した*4

*4Imposing Sanctions for Dispossession and Violence in the West Bank(米政府)

 バイデン氏は、イスラエルとパレスチナが共存する道として模索されてきた2国家解決を支持してきた。ヨルダン川西岸における過激派のユダヤ人入植者に対する制裁は、2国家解決をも脅かすとして科されたものだ。

 しかし、イスラエル寄りの政策を取ることが予測されているトランプ次期大統領により、バイデン氏の大統領令は「いとも簡単に(11月21日付・米ニューヨーク・タイムズ紙)」取り消される可能性がある。

 英ガーディアン紙は11月19日、ヨルダン川西岸で暴力行為を取り締まるべきイスラエル軍さえ、パレスチナ市民への攻撃に加担している現状を詳報している。特筆すべきは、ハマスによるイスラエルへの越境攻撃のあった昨年10月以来、イスラエル兵や過激派の入植者の手により死傷した子供の数が、1967年にイスラエル軍がこの地域を掌握してから最多であるという点だ。

ヨルダン川西岸地区を襲撃するイスラエル軍(写真:ロイター/アフロ)

 同紙は、国連の資料によると昨秋来170人以上の子供が死亡し、1000人以上が負傷しているとしている。

 イスラエル軍は、殺傷した子供たちはテロ行為に加担していたと主張している。だが、ガーディアンは目撃証言や現場の動画などに基づき、子供たちは軍の攻撃を逃れたり、また遊んでいたりしたところを兵士に殺害されたと指摘している。負傷した子供を助けようと大人が近づこうとすると威嚇射撃を行うなど、兵士が子供の救命を阻止しているという複数の証言も報じた。

 イスラエル軍は罪なき子供たちに対する殺戮をやめないばかりか、テロリスト呼ばわりして死者を冒涜(ぼうとく)していることにもなる。そして、民間人の、しかも子供を故意に殺した罪に問われる可能性も、極めて低い。

 ネタニヤフ政権は、先の経済措置や暴力・殺戮などを含むパレスチナ人に対する迫害により、イスラエルからパレスチナの市民を追放することを目論んでいるという。しかし、先のハアレツ紙記事では、ネタニヤフ政権によるパレスチナ市民に対する締め付けが苛烈を極めることで、新たなインティファーダ(反イスラエル闘争)を誘発する危険性が指摘されている。

 ハアレツ記事中、あるパレスチナ人はヨルダン川西岸で「地獄が解き放たれれば」ハマスによる昨秋の襲撃などとるに足らないような(ユダヤ人などに対する)大規模な住民蜂起の可能性に懸念を示している。大方の予測通り次期トランプ政権がネタニヤフ氏らに有利な政策を取るとすれば、今後ヨルダン川西岸でも、ガザにつぐ地獄絵図が繰り広げられかねない。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。