トランプ前大統領の圧勝により初の女性大統領誕生の道が阻まれた米国では、今後、女性の生殖に関する自由が全国で完全に失われるのでは、との懸念が高まっている。大統領選で民主党のハリス陣営は、人工妊娠中絶の権利擁護など、女性の体に関わる問題を大きな争点として戦った。ハリス氏の敗北により、トランプ氏を熱狂的に支持するキリスト教保守派による中絶などの禁止活動が、さらに勢いづく可能性もある。
(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)
選挙直後の10月6日、中絶反対派(プロ・ライフ派)団体の代表は米FOXニュースに出演し、今回のトランプ氏の勝利はカトリックの有権者にとって「巨大なもの」だったと興奮気味に話した*1。
*1:Pro-life advocate says Trump victory is 'huge' for Catholic voters: 'Morality matters'(FOX NEWS)
この男性はFOXとのインタビューで、バイデン・ハリス政権が「カトリック教徒を憎んできた」と主張。カトリックが中絶を「押しつけられる」ことを望んでいないにもかかわらず、ハリス氏が選挙戦で「野蛮にも」中絶問題を全面に打ち出したことが、同氏の敗北につながったとした。
女性がやむを得ない事情や、妊娠時の合併症などにより生命の危険にさらされるのを防ぐといった理由で中絶の権利を擁護することが、一体なぜ「カトリックを憎むこと」に直結するのかははなはだ疑問だ。しかし、こうした主張は保守派のキリスト教徒らにとっては当たり前のことのようである。
中絶禁止を訴えるキリスト教保守派の考えでは、生命は受精した瞬間から始まる。よって中絶は「殺人」とみなされる。また、体外受精も余剰分の受精卵(胚)を廃棄、すなわち「殺す」ことに相当するため許されない。今回副大統領に選出されたJDバンス氏は、体外受精反対の立場だ*2。
*2:JD Vance endorsed anti-IVF report that contradicts Trump’s new stance(The Guardian)
大統領選が実施された11月5日、10州において中絶の権利に関する住民投票も実施された。このうち、フロリダ州など3つの州では、中絶の権利を保障する州法の改正が否決された。
共和党は伝統的に保守的なキリスト教の観点から、中絶禁止の立場をとってきた。1999年当時、民主党寄りだったトランプ氏は、メディアに対して中絶容認派だと話した。しかし近年になって「自分は米国史上、最もプロ・ライフな大統領だったことに誇りを持つ」と主張を転換させている。
トランプ氏が前回の大統領任期中、連邦最高裁判事に保守派の3人を指名したことで保守派が多数派となった。これにより、1973年に中絶が憲法上の権利にあたるとした判決が覆され、判断は各州に委ねられることになった。保守派の強い13の州では完全に中絶が禁止され、その他の複数の州でも制限が課せられることになった。
今回の選挙戦において特に中絶問題に絡み、民主党陣営はある文書に対し、市民に危機感を持つよう呼びかけていた。その文書とは、キリスト教保守系のシンクタンクであるヘリテージ財団が作成した「プロジェクト2025」だ。