ミシェル・オバマは何を訴えていたか

 選挙戦のさなか、オバマ元大統領夫人のミシェル氏は、トランプ氏が大統領になれば中絶が全国的に禁止され、さらに、生殖に関する医療システムが少しずつ解体されかねないと危機感をあらわにした。ミシェル氏は、2022年の最高裁判断以降、乳児の死亡率が上昇しているほか、トイレで流産した女性が殺人罪で22日も刑務所に収監された事例などを指摘している。

「中絶問題のみならず、女性の健康のすべてにおいて起こり得る恐ろしい影響を理解して欲しい」「どの州に暮らそうとも、すべての人たちが危険にさらされることになる。逮捕の懸念から救命医療の提供をためらったり、敬遠したりする医師がさらに増えるだろう」「私たちは、子宮外妊娠を治療していいかどうか確信を持てず、女性が瀕死の状態に陥るまで(略)治療できない医師たちを見ている」「私たちは崖っぷちに立たされている」*5

*5Michelle Obama: ‘I Am Asking You, From the Core of My Being, to Take Our Lives Seriously’(ミシェル・オバマ氏の寄稿、The New York Times)

 女性の体に関わるデリケートな問題が今大統領選の争点となったことで、最近注目を集めたドキュメンタリーがある。中絶が禁じられたテキサスで州を相手取り、訴訟を起こした女性を描いた「Zurawski vs Texas(ズロスキー対テキサス)」だ。元米国務長官のヒラリー・クリントン氏がプロデューサーに名を連ねている。

 主人公となったテキサス州在住のアマンダ・ズロスキーさんは2022年8月、初めての妊娠中18週目に破水してしまった。しかし、中絶を完全に禁じたテキサス州法により、胎児が助かる見込みがないにもかかわらず、すぐには医療措置を受けられなかった。措置を受けたのは、敗血症となって瀕死の状態に陥った後のことである。

 ドキュメンタリーの予告ではズロスキーさんが恐らく訴訟の準備中「私の人生で最もトラウマとなった体験なのに、(娘の)心臓が(何時)何分に止まったかなど覚えているわけがない!」と訴えるシーンが描かれている。

 この訴訟には22人の原告が参加した。ズロスキーさんと共に証言した別の女性は、妊娠20週目に胎児が無脳症であることが判明したが中絶が叶わず妊娠を継続させられ、出産からわずか数時間ののち、娘が息を引き取るのをただ見守らざるを得なかった。

 待望の子供を無事に産めない女性たちの悲しみや絶望は計りしれない。その苦しみに加え、中絶禁止によって母体の生命まで脅かすことが妥当なのか、極めて疑問である。