左派の戦略の敗北は必然
橘:アイデンティティ・ポリティクスの背景には、社会が平和で豊かになるにつれて共同体が解体し、ひとびとの利害が対立して社会が複雑になり、政治にできることがほとんどなくなってしまったという現実があると思います。
行政の非効率を解消することは、確かに重要でしょう。ただ、2009年に日本で民主党のマニュフェスト政治が失敗したように、どれほど机上の空論を唱えても、社会保障費を削ることはできず、国債の利子は払わざるを得ず、それ以外も既得権が複雑に絡み合っているので、大胆な予算の組み換えや行財政改革は不可能です。
同様に、アメリカで民主党の左派(レフト)がアイデンティティ政治に傾斜したのは、それ以外では「よりよい社会」「よりよい未来」への希望を語ることができなくなったからでしょう。文化や差別についてなら、結果責任を問われることなく、好きなことを言えますから。
それに対してトランプは、「Make America Great Again」、つまり「古き良き黄金時代を取り戻そう」と訴えました。これは右派/保守派の主張とされますが、マイケル・サンデルのような共同体主義(コミュニタリアニズム)とも通底し、中道を含む多くのひとたちにアピールできます。
今回の選挙でわかったのは、アメリカ人の少なくとも半数は、「多様性が尊重される理想社会」に住みたいとは思っていないことです。「人種・性別・性的指向による不平等を是正すれば素晴らしい世の中になる」という左派の戦略がトランプに敗れたのは、必然だったのでしょう。
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