「タブー」だった移民問題が政治的イシューになったワケ

橘:なぜ若者と有色人種は、左派/リベラルの物語をきれいごととして拒絶したのか。

 インフレに関しては、事実としてバイデン政権の約4年間で米国の物価水準(CPI)は約20%上昇しています。庶民の生活が苦しくなっていく中で、バイデン政権下の4年弱で不法移民が約730万人*2入国したとされています。

*2バイデン政権下で流入する730万人の不法移民(第一生命経済研究所)

 経済が右肩上がりに成長し、国民の生活が豊かになっていく時代には、移民問題がビッグ・イシューになることはありませんでした。ところが中間層が崩壊し、庶民の懐事情は苦しくなると、「不法移民によって故郷の姿が変わってしまった。安全が脅かされ、仕事も奪われた」と不満に思う層が拡大していきます。

橘 玲(たちばな・あきら) 作家
1959年生まれ、2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年刊行され、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30 万部を超えるベストセラーに。2006年、『永遠の旅行者』が第19 回山本周五郎賞候補作となる。2017年、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で新書大賞受賞。近著に『世界はなぜ地獄になるのか』、『テクノ・リバタリアン』など。

 アメリカは移民国家で、移民を受け入れることで国としての発展を遂げました。トランプが大統領選に出馬するまで、移民を批判することはタブーとされ、反移民を口にすると「レイシスト」というレッテルを貼られかねなかったのです。

 ところが、2016年にすべてが変わります。“極右”のスティーブ・バノンを選挙参謀に起用したトランプが、「メキシコとの国境に壁を建設する」「不法移民はすべて追い返す」という、これまでならあり得なかったスローガンを掲げ、アメリカ人が潜在的に抱えていた不満に言葉を与えることに成功しました。

 今回の選挙戦で「不法移民は犬を食べている」と発言したトランプを民主党ははげしく批判しましたが、合法移民を含む国民の多くは「(犬を食べているかどうかは分からないけれど)不法移民が増えたのは事実で、犯罪が増え、地域や家族の安全が脅かされている」と考えたのでしょう。

 かつてはタブーだった政治的イシューが、トランプによってはじめて公に議論できるようになったのです。